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#P4A Rank2 #08
アニメ設定の鳴上くんと花村さんで花主が成立するまでを、アニメの流れに沿って書こうとしている話の8話目です。アニメの8話時点に相当します。
ムダにくっついてますが、友情です。 本来、定員三人のテントは、そんなに広くない。どっちかっていえば、狭い。 その狭いテントに四人がぎゅうづめにされたあげく、ど真ん中に荷物を使ってバリケードなんざ作り上げたりすれば、よけいスペースは圧迫されるわけで。 とにかく、狭い。なるべくバリケードに近寄るまいと思えば思うほど、狭い。 「はあ……」 もうこれ以上詰められません、ってギリギリまでバリケードから遠ざかって、俺はひとつため息をついた。そりゃもう、心の底から。 「……てか、なんでこいつ熟睡できてんの?」 まったくもって、そうとしか言いようがない。ちらりと目線を横に流せば、腹の上に両手を重ねて、鳴上はそれはもうすこやかな寝息を立てていた。 ありえない。なんというか、いろいろとありえない。 こいつの心臓、本気で毛が生えてるんじゃないだろうか。そうだったとしても、俺は絶対驚かない自信がある。 いや、そもそも、寝れなくなってる俺のほうがおかしいのかもしれないけど! 「……いやいや、落ち着け。落ち着いとけ、俺」 暴れたくなる気持ちを抑えて、おそるおそる即席バリケードの向こうの様子を窺う。 天然というか、鳴上に負けず劣らずマイペース度が突き抜けている天城は気にせず寝入ってる可能性が高いけど、里中はまだ眠れずにいるかもしれない。でも、さっき思わず口から出てしまったぼやきにはなんの反応もなかったから、熟睡はできてなくても一応うとうとはできてるのか。 なんというか、うとうとできているだけでもうらやましい。 思わずそんなことを考えてしまうくらいには、いろいろ参っていた。 「……頼むから、そのまま起きるなよ……」 その切実な願いは、里中だけに向けられたものじゃない。 熟睡してるっぽい天城にも、そして俺の横で行儀良く寝入っている鳴上にも、とにかくこのテントの中にいる、俺以外の全員に向けたものだった。 「はあ……」 そもそも、いくら自分たちのテントに戻れないからって、仮にも女子が男のテントに潜り込んでくるってのはどうなんだ。そのくせ、妙なことしたら承知しないぞってど真ん中にこんなバリケードまで作りやがった。しかも、どう見ても女子スペースのほうが広い。 めちゃくちゃ理不尽だ。大体この余裕で一人分くらいのスペースを占拠してるバリケードさえ撤去すれば、もうちょっと広くなるっつーのに! おかげで、女子と一緒のテントで就寝、なんていうギャルゲーだのエロゲーだのでも遭遇できないようなレアなシチュエーションだっていうのに、まったく堪能できない。そこまで寝相が悪いはずじゃないけど、寝ぼけてついうっかりバリケードに足でも突っ込んじまった日には、無事家に帰り着けるかどうかすら保証されない気がした。しかも、そんな恐ろしい想像をしてしまったが最後、寝ぼけるのが怖くて寝付くことすらできやしない。 やっぱり、理不尽だ。好きでこんな状況に陥ってるわけじゃないのに。 「……やっぱ、信じらんねえ……」 それなのに、鳴上は涼しい顔で寝入っているわけで。 もしかして、バリケード側を選んじまった俺の運が最低だってことか。ちょっとばかし斜めになってて安定感悪いテントの隅のほう、すなわち鳴上が寝てるところのほうが、寝心地はともかく心情的には安眠できる場所だったってことか。まあ、そうかもしれない。 ──それにしても、眠れない。 六月とはいえ、山の夜はそれなりに冷える。本来、俺と鳴上の二人に割り当てられていたテントに倍の人数がすし詰めになっていることもあって、人口密度的にそれなりに室温は上がっていた。でも、それと引き替えみたいな感じで、布団がわりの寝袋が足りてない。ただの敷き布団代わりになっている。 つまり、ちょっと肌寒い。 幸い、人間の体温ってのは三十六度くらいあるわけで、俺なんかもしかしたら三十七度近くあったりするわけで、鳴上とほとんどくっついている身体の右側だけが妙にほんわりとしていてあったかかった。そのちょうどいい温かさが、すっかりどこかへ行っていた眠気をやんわりと引き戻してきてくれる。 今日は体力使ったし、殺人兵器もびっくりな物体Xまで食わされたし、疲れてないはずがないんだ。一度眠気が訪れてきてくれさえすれば、このまま寝られそうな気がする。 ああ、やっぱり人肌っていいもんだなーと思いかけて、はたと我に返った。 「…………」 確かに、人肌はいいものだ。そこは否定しないけど、だからって自分と同い年の男の人肌に癒されるってのは一体どうなんだ。 実際、微妙にスースーする上にこれ以上行ったらどうなるかわからない左側と比べたら、右側の鳴上にくっついてたほうが百倍心安らぐわけだが、これでいいのか。男として。 「……まあ、いいか」 結局、そこに落ち着いた。男がなんだ。男の矜持より、今は心の平穏を取る。 あっさりそんな結論が出たことについては、あんまりあれこれ考えたくない。さすがに、あの完二にくっついて寝る勇気はないが、鳴上が相手ならそんなの気にするだけバカバカしい気がした。 いや、べつに完二が本当にソッチ系だって疑ってるわけじゃないし、さっきのだって一応念のために確かめておこうってレベルだったはずなのに、なんでか完二がひとりでテンション上げて暴走しちまっただけ……だ。たぶん。 この時間になっても帰ってこないということは、無事どこかの女子テントに潜り込めたんだろうか。それにしちゃ、騒ぎになってないが。 ──それにしても、本気で左側がスースーすんな、これ。 鳴上のやつ、もしかして右側すごい寒いことになってるんじゃないのか? テントのシート一枚隔てた向こうは、まぎれもなく外だ。 「…………」 なんとなく気になって、音を立てないようにそろそろと上半身を起こしてみた。ランタンが消えているテントの中は暗くて、なにもかも輪郭がぼんやりしている。 遠いとわからないから、ちょっと至近距離から見下ろしてみた鳴上の寝顔は、やっぱり涼しげというか穏やかだ。暑さも寒さも気になりません、そんな表情に見える。 この窮屈な状況にも、じわっと襲ってくる肌寒さにも動じてないなら、まあいいのか。さすがというかなんというか、マイペースなだけある。そしてたぶん、バリケードの向こう側では天城が鳴上と似たような感じになっているんだろう。里中は知らん。 感心しながら、ほんの少しだけ鳴上との間にスペースを空けてみた。いや、本当は寒いからあんまり離れたくなかったんだけど、いざ起き上がってみたら密着っぷりが思っていた以上にすごかったからだ。 しかも見た感じ、どう考えても俺から鳴上のほうにどんどん寄っていったとしか思えない状態だった。それほどまでに、俺は里中が築き上げたバリケードを恐れていたらしい。 ほぼ隙間なくくっついていた部分に隙間を空けると、途端に快適だった体温が遠ざかって肌寒くなる。やっぱり、布団ってのは偉大らしい。掛け布団が恋しい。この際、タオルケットでもいいけど。 そんなことをつらつらと考えていたときだった。 「……ん……」 「え」 ぺたり、と。ひんやりしたものが、俺の手に触れた。 ひんやりとはいっても、氷みたいに冷たいとかいうわけじゃない。どっちかといえばあったかいんだけど、でも俺の手よりは温度が低いというか、つまり。 ──さっきまで微動だにせず熟睡していた鳴上が寝返り打ったと思ったら、なぜか俺の腰の辺り抱きつくような格好になっていた。俺の左手に鳴上の手が触れている状態になっているのは、俺の腹の上を鳴上の右腕が横断しているからだ。 寝ている人間の身体は、自分で支えようという力が働いていないから、重い。たとえ右腕一本でも、けっこうずっしりくる。 ただ、その重さがあまり気にならないのが不思議だ。状況的にはどう考えても明らかにおかしいんだが、身体がさっきより密着した状態になって、温かさが増したからだろうか。 いや、それで納得するのもどうだ。自分自身にそうつっこんでから、里中や天城を起こさないように、鳴上の肩に手をやって揺らしてみる。 「ちょ、鳴上?」 「……さむい」 めちゃくちゃ小さい声だったけど、ちゃんと聞こえた。 そりゃ、寒くてもおかしくないだろう。俺だって肌寒いなって思ってたくらいだ。 でも、さすがにこれは。いや、あったかいけど。かなりの勢いでこのままでもいいかなって思うけど、これを里中と天城に見られたらちょっと問題アリな気がする。 「あのー……鳴上さーん……?」 「んー……」 「…………」 どうしよう。ますますしがみつかれた。 さっきまでのなんにも動じてません、ひとりでもなにも困ってません、とでも言いたげな態度(いや、寝てただけだけど)は一体なんなんだ。 「どーしろって……」 とりあえず、困った。 なにが困るって、俺の腰のあたりに顔をくっつけたまま寝ぼけてむにゃむにゃ言ってるこいつを、本気で引きはがそうと思えないところがいちばん困る。固まったまま身動きできないなんてことはないけど、本気でどうすればいいかわからない。 「……寝るか」 引きはがす気になれない以上、結局はそうするしかない、という結論に達した。 さすがに、腰に抱きついてきてる鳴上の腕を下敷きにしたまま寝ると両者共にしんどいことになりそうなので、左腕だけは無理矢理はがした。体温を求めて元の場所に戻ろうとぐずる鳴上の左手をつかんだまま、横になる。 鳴上は丸まった状態で俺の腰に抱きついているから、俺がそのまま横になっても頭がつっかえるとか足が伸ばせないとか、そういうことはなかった。逆に、丸まったままの鳴上のほうが後で苦しいことになりそうだ。 距離が縮まっているどころか抱きつかれているから、さっきよりもずっとあったかい。そのことに、感情の本能に近いところがほっとしているのがわかった。 まったく、本当に困ったもんだ。今、俺に抱きついてるのって、俺より背が高くてガタイのいい男だぞ。顔はムダにいいけど。 それでも拒絶反応ひとつ起きない自分自身に呆れながら鳴上の左手を離したら、その手はぽすんと俺の手の上に落ち着いた。そのまま、やんわりと握られる。 どういうことだ、これ。手、繋いだ状態になってるんですけど。 「……おい?」 声をかけてみても、返事らしい返事はない。返ってきたのは寝息だけだ。 どう見ても、さっきより言い訳できない状態になっている。抱きつかれたあげくに手を繋いでるとか、いくら仲が良くたって男同士がやる体勢じゃない。女の子同士だったら微笑ましいですむが、男同士でこれやってたら寒い。 なのに、やっぱり引きはがす気にも手を振りほどく気にもなれなくて、途方に暮れた。 引きはがす気になれないどころか、はがすのがもったいないとか思ってるようじゃ言い訳もできない。たしかに少し肌寒いとはいえ、雪山レベルでくっついておかないと死にそうな寒さじゃないのに。 「……も、いっか」 なんかもう、いろいろ考えるのがバカバカしくなってきた。鳴上に腰に抱きつかれ、手を握られたまま目を閉じる。もう、開き直って寝てやる。 里中と天城が起き出す前に起きて、この状態をなんとかすりゃいいんだ。大体、寝て起きてみたら全然違う体勢になってる可能性も高い。鳴上は寝相よさそうだけど、俺はさすがにここまでじっとしたまま寝てないと思う。 目を閉じると、さっきよりもくっついてるぶんあったかいのが、もっとよくわかった。特に腰から腹のあたりがあったまってて、我に返ったせいでまたしても遠ざかっていた眠気があっという間に戻ってくる。 そのまま、俺は睡魔に負けることにした。 俺か鳴上か、どっちかが起きれば、この抱き枕状態も終わるだろう。 そう、軽く考えながら。 「…………」 「おはよう、花村」 「お、はよ……?」 起きたら、目の前に鳴上の顔があった。 しかも、額と額がくっつくんじゃないかって至近距離だ。どうしてこうなった。 こいつのやけに整ってる顔がドアップに耐えうることは知ってるけど、さすがに予告なしでこの状態はびびる。 というか、昨夜はこいつ、俺の腰だか脇腹あたりに顔くっつけて寝てなかったか? なんでその顔が今、俺の目の前にあるんだ。 「花村は体温高いんだな」 「……あー……平熱、高いほうだな……うん」 「よく寝られたのは、だからか」 「……へ?」 「あったかかった」 「……そりゃ、よかった」 寝起きのせいか、日頃はあんまり動かない(けど目で語る)鳴上の表情がいつもよりやわらかい気がして、ついでにその表情が満足だって主張してる気がして、一瞬脳裏に浮かんだツッコミその他は全部どこかに消えてなくなった。 ちなみに冷静になってみれば、鳴上の右腕はやっぱり俺に抱きつくように背中へと回っていて、左手は俺の右手と繋がったままだ。さらに、仰向けで寝ていたはずの俺もいつの間にか鳴上のほうへ寝返りを打っていたみたいで、横向きになっていた。それだけじゃなくて、俺の左腕までもが鳴上の身体に回っていて、つまるところ互いに互いを抱きしめるような体勢になっていた……ようにしか見えない。 ついでに、現在進行形でその体勢のままだ。明け方、そんなに冷えたのか? とりあえず、鳴上の顔が至近距離で見える理由はわかった。納得した。 ……いや、納得してる場合か? 「……里中と天城は?」 「目が覚めたらもういなかった。テントに帰ったんじゃないか?」 「あ、そ……」 つまり、あのふたりにはこの体勢を見られたってことか。さすがに、気づかないわけがないと思う。 せめて、あいつらがテントから出て行ったあとにこの体勢になったと思いたいけど、だからといってそこをわざわざ確認しようとも思わなかった。 というか、そんなの確認したらよけい地雷だろ、どう考えても。 「……ま、いっか」 「なにがだ?」 「いや、なんでもねえよ」 ゆっくりと鳴上の身体から腕を外して、起き上がる。日が出てしまえば、もう六月だ。天気さえよければ、それなりに気温は上がる。だから、もう肌寒くはない。 「朝メシにしよーぜ。あいつらに食材ダメにされる前に」 「……だな」 鳴上が真顔でうなずいて、起き上がる。 ──もう寒くはないはずなのに、離れていく腕の温かさが惜しいと思ったのは、どうしてだろう。 |
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#P4A Rank2 #07
アニメ設定の鳴上くんと花村さんで花主が成立するまでを、アニメの流れに沿って書こうとしている話の7話目です。アニメの7話時点に相当します。
やっぱり、どうあがいても友情です。 「なんとか、なったな」 よろめきながら巽屋の中へと消えていく巽完二の後ろ姿を見送りながら、俺は詰めていた息を吐いた。もちろん、安堵でだ。 テレビの中から助け出した後、天城はしばらく体調を崩して学校を休んでいた。影にずいぶんと痛めつけられていた完二も、おそらくは天城と似たような状態になるんじゃないかと思っている。 もしかしたら、天城よりも受けたダメージはデカいかもしれない。なんせあいつは、自分のシャドウを自分の拳でぶちのめしちまったくらいだ。反動が来てもおかしくない。 大体、あんなにガタイがよくて、しかもひとりで暴走族を潰したようなヤツが、俺と鳴上の肩を借りなきゃ家に帰ってこられなかった。それだけでも、相当なことだろう。 「ああ」 隣に立っていた鳴上も、じっと今は誰もいない巽屋の店先を見つめている。 その顔には、よく観察しないとわからないとはいえたしかに心配の色が浮かんでいて、俺はわざと明るく鳴上の肩を叩いた。 「お袋さん、完二の顔見れば安心できるよな」 理由は、よくわからない。ただ、こいつのそんな顔をずっと見ていたくなかった。 テレビの中に放り込まれて憔悴しきっていた完二のことを心配していただけで、べつに不安に駆られてるとか、そういうわけじゃないってことはわかっている。それなのに、どうしていてもたってもいられなくなったのか、我ながら不思議だ。 「うん、たぶん」 そんな、画策とも言えないような小細工でも、一応効果があったらしい。少しだけ、鳴上の表情が和らいだ。アーモンド型の猫みたいな目をぱちりと瞬かせて、こっちを見る。 本人が自覚してるかどうかはわからないが、鳴上には話している相手をじっと見つめる癖があった。ほんとにまっすぐ見つめてくるので、最初の頃は少しうろたえたもんだ。これがまた、けっこうすぐに慣れたけど。 言葉が少ないかわりに、鳴上は目で語る。 ……さっきは自覚があるかどうかわからないって言ったけど、前言撤回。 たぶんこれ、鳴上本人に自覚はない。 「ちょっとへろへろだったけど、そのうち復活すんだろ」 「学校出てこられるの、いつだろう」 「天城のときのこともあるしなぁ。ちょっとはかかるんじゃないか、やっぱ」 自分自身のシャドウと対峙したことのある俺には、なんとなくわかった。自分自身の抑圧した心が、抑圧されすぎたせいで変な風にねじまがった結果生まれたシャドウという存在を前にすると、それだけで力を吸い取られるような感じになる。 その上でこれでもかと、本当だったら聞きたくない、見たくないことを突きつけられることになるわけだ。そりゃあ、精神力もあっという間に底をつく。 しかもあの空間に満ちた霧は、妙に人間を疲れさせた。クマから渡されたメガネをかけるとだいぶ緩和されるのが不思議だが、そもそもあそこは人間が長い時間いられる場所ではないんだろう。 そんなところに意識のないうちに放り込まれ、長い時間閉じ込められたあげく、無意識のうちにあんな広大で複雑なダンジョンまで作り出すことになったら、少々寝込んだところで仕方がない。 「……でも、助けられたんだよな」 「おう」 確かめるように呟いた鳴上の肩を、もう一度軽く叩く。今度こそ、その表情はほっとしたように笑み崩れた。 「よかった」 「んだな。俺たちも全員、無事だったし」 「うん。あちこち、べたべたしてるけど」 「あー……」 そういや、そうだった。いくらダンジョンのテーマが風呂場っていうか、いわゆるその、どう見たってハッテン場だったからって、あそこで足止めのためとはいえローション責めにされるとは正直思わなかった。本気でつるつる滑って、立ち上がるどころじゃなかったからたまらない。 なんていうか、いわゆる健全な精神を宿す高校生男子としては大変おいしいモノも見られたわけだが、自分たちまでローションでつるっつる滑らされたのであんまりいい思い出とは言い難かった。いやでも、録画できなかったのは本気で残念だ。この年頃の男ってのは、本命相手じゃなくても女子のお色気には食いつくものなので、大目に見て欲しい。ほら、ラッキースケベって単語もあるだろ。 まあ、それはいいとして、だ。なにしろ、たとえ録画できたとしても映像に映っているのは里中と天城なわけで、「おお、こりゃエロい光景」以上の感慨はたぶんない。 いや、そんだけあれば十分なんだけど。というか、それ以上は求めてないけど。 今はそれ以上に、この妙にべたべたする手足その他をなんとかしたい。制服にもべったりくっついてた気がするんだが、あのまま乾いてたらけっこう悲惨なことになってるんじゃないだろうか。ちゃんと確認してないけど。 自分の制服をまじまじと見下ろすよりは、同じ目に遭ってるすぐ目の前の制服を眺めたほうがいろいろと早い。 「こりゃ、ひでえわ」 「……かも」 ざっと見てみたところ、やっぱり大惨事だった。すっかり乾いてこびりついたローションはいつの間にか白くなっていて、そのせいで妙に目立つ。 八十神高校の制服は黒いから、なおさらだ。 「どっかで洗ってくか? このまま帰ったら、菜々子ちゃんびっくりするだろ」 「やっぱりそうか?」 「白くなってるしなあ。まあ、ケンカとかしたようには見えないけど」 「うーん」 一応、元は皮膚に直接つけても平気なモノだ。生地についたまま乾いたからこんな惨状をさらしているだけで、水で洗い流せばある程度はなんとかなりそうだった。 ただ、このへんに自由に水道が使える公園とかあったっけ? 八十稲羽は言うまでもなく自然が豊富で、町のど真ん中に鮫川なんてご立派な川が流れていることもあって、いわゆるお子様が遊ぶような場所には事欠かないものの、逆に都心部にありがちなちゃんと整備されている公園があんまりない。いや、探せばあるんだろうけど、俺の記憶にはあいにく入っていなかった。 俺んちはまだこの時間じゃ誰も帰ってないし、そっと洗濯機に放り込んでおけば大丈夫な気もする。あれ、でも制服の上着って洗濯機で洗っちゃいけないんだっけ? 本当はクリーニングに出すんだったっけ? そのへん、今までちゃんと気にしたことがなかったからよくわからない。 商店街からだと方向は正反対になるけど、水道探してあっちこっちうろつくくらいなら最初からこいつごとうちに連れて行ったほうがいいのか、なんてことをつらつら考えていて、ふと気づいた。 そういやここ、紛うことなく商店街のど真ん中だった。微妙に汚れた制服着た野郎ふたりが突っ立ってたら、いくら人通りが少ないからって皆無なわけじゃないし、さすがに異様さに目を剥かれてもなにも言えない。 「……とりあえず、移動しようぜ」 「え?」 「注目浴びてる」 「あ」 促してみたら、鳴上もその可能性に気づいたみたいだった。目を丸くしてこっちを眺めてるご老人に向かって、ぺこりと会釈している。途端に、そのご老人の表情が笑みに変わったから不思議だ。 それによく考えてみたら、この商店街で陰口が付随しない視線を向けられたのは、今日が初めてかもしれない。 ……まあ、代わりに注がれてるのは、なにやってんのあの子たち、みたいな怪訝な視線だけどな。 「行こう、今すぐ行こう。移動しよう」 「へ? あ、うん、ってどこに?」 なぜか、急にあわてた様子で俺の背中を押しながら歩き始めた鳴上を振り返りつつ、俺は目を瞬かせた。俺たちが置かれてる状況を把握したからにしても、基本的にマイペースでのんびりというかぼんやりしている鳴上にしてめずらしい反応な気もする。 「とりあえず……水があるところ?」 俺の背中に両手を押し当てたまま、鳴上はぱちりと目を瞬かせて首を傾げた。 この様子だと、鳴上も水道が使えそうな場所の心当たりはないんだろう。八十神高校と商店街とジュネスと鮫川河川敷と八十稲羽の駅と、そのへんを網羅しとけば十分この町で暮らせるわけで、まったく困らない。 鳴上に背中を押されるに任せたまま歩を進めていたら、これまたけっこうな勢いで商店街を抜けていた。男ふたりが前後になって、うっかりすると電車ごっこかこれ、みたいな体勢で商店街を闊歩していた事実に今さら気づいたけど、それは意識の外にぽいっと捨てておくことにする。 「いっそ川で洗うか、これ」 鮫川なら、ここからすぐだ。思いつきを口にしながら、鳴上の腕を引っ張る。 腕を引かれるまま、鳴上は俺の背中に当てていた手をあっさりと離して、今度はすぐ横に並んだ。首を無理にひねらなくても、ちょっと横を見れば鳴上の姿が視界に入ることを改めて確認して、なぜか奇妙な満足感を得る。 ……まあ、なんだ。このほうが、同級生の高校生男子の並びとしては普通のはずだし。 自分自身にそんな言い訳をしていたら、横に並んだ鳴上が思案顔になった。たぶん、俺が適当に言ったことについて、真剣に考えているんだろう。 たった一カ月ちょいの付き合いでも、わかる。こいつは、どこまでも真面目だ。 「川を汚すのはよくない」 「じゃ、どうせならうちくる? ジュネスのトイレで洗ってもいいけど、うちならまだ親も帰ってきてないし」 案の定な答えが返ってきたので、もっと前に思いついていたことを改めて提案してみた。 ただ、ここから俺の家までは、さほど近いわけじゃない。ジュネスの近くだから、川を越える必要があった。我ながら、効率的じゃないとは思う。 でも、鳴上はそうは思わなかったみたいだ。 ぱちりと瞬きしたと思ったら目を丸くして、それからちょっとだけ首を傾げながらじっと俺を見た。なんだか、驚いているように見えるかもしれない。 俺、驚かれるようなこと言ったっけ? 「……いいのか?」 「もちろん」 なんで、鳴上が俺の様子を窺うようにそう聞いてきたのかは全然わからなかったものの、素直に頷いておいた。大体、俺から言い出したんだから、わざわざ聞き直す必要なんかないような気がする。 ああ、でも、そういう問題でもないのかもしれない。鳴上はびっくりするほど天然でとんでもないマイペースのくせに、これまた意外なほど周りのことを見ている。 ということはつまり、俺が自分の家に鳴上を誘うことがあるなんて、こいつは今まで思ってなかったってことなんだろうか。 ──改めて考えてみたら、それはそれでちょっとショックかもしれない。 今まで、単にそういう機会がなかっただけで、一度だってこいつを家に呼びたくないとか思ったことはないからだ。 「当たり前だろ!」 だから、あえて勢いよく、鳴上の肩を叩いた。俺より背が高くて、細いのにけっこうしっかりした体つきをしている鳴上はよろめいたりしなかったけど、そんな俺の行動に納得はしてくれたみたいで、ふっと全体的な雰囲気がゆるんだ。 そのまま目元に浮かぶ表情も和らいで、鳴上の顔に笑みが浮かぶ。まぶしそうに目が細められて、口角も上がる。 「じゃあ、お邪魔する」 あ、嬉しがられてるんだって思ったら、俺までなんか嬉しくなってきた。というか、ガラにもなくドキドキしてきた。家に友達呼ぶのに照れてドキドキするとか、どこの小学生だっつーの。いや、今どき小学生でもそんな反応しないかもしれない。 よくよく考えてみたら、八十稲羽に引っ越してきてから友達を家に呼んだのは、これが初めてかもしれない。そう考えたら、鳴上が俺に家に誘われて驚いたのも、じつにまっとうな反応のように思えてきた。どういうことだ、俺自身のことなのに。 でも、こいつが初めてだっていう事実は、それはそれでなんか気分がいい。ローションなんてわけわかんないモノぶちまけてくれた完二のシャドウにも、なんとなく感謝できるような気になってくる。いや、迷惑は迷惑なんだけど、きっかけになったし。 ──しっかしまあ、現金なヤツだな、俺も。 |
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書店委託のおしらせ
なぜか今頃追加発注をいただけたので、『P4A Rank1』をとらのあなさんに追加で預かってもらえることになりました。
今はまだ注文不可状態ですが、たぶん明後日くらいには納品完了してると思いますので、下のリンクからどうぞ。しおりもつきます(うっかり予備を捨ててしまったので作り直しました……)。※2/29 注文可能になってました >http://www.toranoana.jp/bl/article/04/0030/01/85/040030018555.html あと、HARUコミ新刊その1も預かってもらえることになったので、よろしければご利用ください。今度はそう簡単にはなくならないと思いますw というかもう予約ページができていた。はやっ。 >http://www.toranoana.jp/bl/article/04/0030/02/91/040030029133.html 新刊その2はまだ中身が影くらいしかないので、事前審査にも出せない現状。表紙は作ってもらったのですでにあるんですが、中身ないとどーにもならんですよね、ははは……。 拍手ありがとうございました! 返信不要のコメントもありがとうございます。 楽しみにしてもらえているのがわかると、ほんと嬉しいです。 2冊目も時間と戦いながらがんばります。あと69ぺーじいいいい! |
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#チャットお題SSログ
2月25日に花主文字書きチャットというなにこれシャングリラ? みたいな企画チャットがありまして、そこにお邪魔したときに出されたお題で書いた短めのSS×3です。
自分じゃまずチョイスしないようなお題が降ってくるので(3つともそうだったw)、ちょっとくせになりますね。楽しいw ゲームセンセイと鳴上くん混在です。基本花主です。 なお、全部安定の全年齢向けです。 ◆バッドエンド後の2周目番長と花村の出会い 人の強い想いが奇跡を起こすというのは、本当なのだろう。雨のふりしきる降る中、透明なビニール傘の向こうに広がる景色をぼんやりと眺めながら、そんなことを思う。 すべて、記憶にあるままだ。──あるまま、だった。 1年前と、まるで同じ道を辿っている。電車の中で目が覚めて、八十稲羽の駅に着いて、叔父さんと菜々子が迎えにきて、そしてガソリンスタンドでバイトの店員と握手をした。 そして今日、八十神高校での転校初日を迎える。途中までは、菜々子と一緒に来た。それも、すべて同じ。 これからなにが起こるのか、俺はすべて知っていた。記憶に、残っていた。 なぜ、時が戻ったのか。どうして、同じことを繰り返しているのか。理由は、わからない。 途中までは正しい道を歩んでいたはずなのに、最後に取り返しのつかない間違いを犯して、結局この町は霧に包まれたままだった。なによりも大切だったものが、次から次へと手からこぼれ落ちていく、最後までそんな感覚を味わった。霧の町を後にした俺には、もうなにも残っていなかったのかもしれない。 後悔ばかりが募っていた。 もし、過去をやり直せるなら。そんなことをちらりとでも考えなかったかと言われれば、否定できない。 無意識だったにしろ意識的にしろ、そう願ったからこそこんなことになっているのだろう。あのベルベットルームの住人たちであれば、なにを引き起こしてもおかしくはない。 「うわあっ!?」 「…………っ」 がしゃん、と自転車が電柱にぶつかる激しい音がする。 見なくても、なにが起こったのかわかった。 もし、ここで電柱に激突して悶絶している花村に声をかけたとしたら、一体どうなるのだろう? 1年前は、そっとしておいた。花村と俺がちゃんとした会話を交わしたのは、本来であれば明日だ。 もし、それをここで変えてしまったとしたら。 この先、未来は変わるのだろうか。それとも、変わらないのだろうか。 同じように、流れていくのだろうか。 ──なんでもいいから少しでも変えていくことで、あのどうしようもない未来を変えることができるのだろうか。 つい、そんなことを思ってしまうくらいに、あの時間は大切だった。本当は、なくしたくなかった。 どこで間違えたのかは、身に染みている。理解している。 だからこそ、もう絶対に間違えない。 そう決意して、校門をくぐる。花村のうめき声が、少しずつ遠ざかっていった。 無理に変える必要はない。最悪の結果を回避するために何が必要かは、もうわかっていた。 激情に流されるようなことは、もうしない。その先に、途方もない後悔が待ち受けていることを知っているから。 明日、正しい時間の流れの先で、俺と花村はもう一度出会うだろう。そして、また親友、相棒と言い合えるような仲になるのだろう。 ただ、今度はそれだけで終わらない。終わらせない。 今度こそ、二度と会えなくなるような結末を迎えないために。 ◆数年後に皆の所にかえってきた鳴上君と濃厚な交際を再開しようと意気込むガッカリ王子 「悠!」 「なんだ、どうした?」 正座して、しかも真剣な表情を作って真っ正面からじっとその顔を見つめてみたら、俺につられたのか一緒に正座していた悠が、ぱちりと砂色の瞳を瞬かせた。それはもう、不思議そうに。 俺、花村陽介22歳、社会人1年生(なりたて)には、じつはひとつの野望がある。 けっこう前から考えるだけは考えていたんだけど、現実の壁っていうか主に距離の壁がそれを許してくれなかった。というか、距離の壁が分厚すぎて限界突破して、その野望を持つに至ったっていうのが正確なところだ。 大体、十代後半~二十代前半の男に遠距離恋愛しろなんて無茶言うな。いわゆる恋愛方面でのそんなこらえ性、その年頃の男にあってたまるか。 とはいえ、他にテがなかったんだからしょうがない。5年もの間、じつにおとなしく遠距離恋愛をこなした俺は今、やっとふたたび巡ってきた人生の春を謳歌すべく、昨日稲羽に帰ってきたばっかりの悠の部屋、というか堂島家の2階を訪れた。一応、事前に連絡済みだ。 ちなみに、都会の大学を卒業した悠は教員免許を取得して、この春から八十神高校の教員として赴任してきている。 悠がこっちに帰ってきたいちばんの理由は菜々子ちゃんと堂島さんだってわかってはいるけど、その理由の中に少しくらいは俺のことも混ざっていると思う。思いたい。 と、いうわけで。 やっと電話一本ですぐかけつけられる距離でまっとうな恋愛ができる状態になった今、ひとつ奮起してみたわけだ。 「俺と、結婚を前提としておつきあいしてください!」 「いいけど」 うん、まあ、アホかって言われて速攻却下されるのはわかっていた。そもそも男同士じゃ結婚できないしな。 ただ、俺が言いたかったのは、それくらいの心意気で深いおつきあいをという……って、ん? あれ? あれれ? 悠は首を傾げたまま、やっぱり不思議そうに俺を見ている。でも、聞き間違いじゃなければ、「いいけど」ってあっさり口にしていた……ような? 「……って、もしもし? 意味わかってる?」 「国語は得意だ」 しかも胸を張られた。どういうことだ。かわいいからやめてくれ。 「え、いや、それは知ってるけどさ。……あの、マジで?」 「冗談だったのか?」 「えっ。いやその、マジだけど」 「ただ、日本じゃ無理だな。カナダまで行けば外国人でも婚姻証明書発行してくれるらしいぞ」 「なんでそんなこと知ってんの……?」 「調べたから」 「……なんで?」 「だって、陽介も俺も男だろ?」 今度はドヤ顔をされた。どうだ! とでも言いたげだ。 ほめてくれと言われているような気がして、つい頭を撫でた。 嬉しそうに相好を崩されて、瀕死になった。 俺の恋人は、いろんな意味で規格外だ。 ……が、とりあえずプロポーズは受け入れてもらえたようなので、よしとすることにしよう。 ◆鏡の前で+玩具+視姦+媚薬入りローション 「…………」 「あー……その」 ついさっき運び込んだばかりの真新しい鏡の前で、俺は小さくなっていた。 ちらりと視線を流せば、そこには正座して小さくなってる俺自身がいる。なんつーの、こんなの見たくない。 大体、なんで、よりによって鏡の前なんだ。いくらなんでも俺の運、低すぎだろう。 心の底から強くそう思うものの、起こってしまったことは今さら撤回とか回収とかできないんであった。とほほ。 大体、鏡がここにあるのはある意味しょうがない。 この思ったより大きかった鏡にぶちあたったせいで、今俺はこうやって正座する羽目に陥っている。 「今日は、引っ越しだよな?」 「ハイ、ソウデスネ」 「俺もお前も無事大学に受かったし、入学も決まったし、やっと一緒に暮らせるって、この部屋も一緒に選んだんだよな?」 「もちろんです。俺、すっげー嬉しかったし」 「それは俺も同意だ。同意だがな」 見下ろしてくる、親友にして相棒にして恋人のあまりにも冷たい視線にさらされて、ぞくりとしたのは気のせいじゃない。それも、恐怖じゃない方向で。 マゾいって言うな。自分でもわかってる。 でも、こいつがこんな容赦ない視線を向ける相手なんて、俺だけなんだ。ぞくぞくしたってしょうがないだろ。もちろん、そういう意味で。 「それは一体、なんだ」 「えーと……お前と一緒に暮らせると思って、つい通販でポチった……いろいろ?」 いわゆるオトナのオモチャってやつ各種だ。今、ホントいろいろ売ってんのな。媚薬入りローションってなんだこれって感じだ。見つけると同時に速効カートに入れたけど。 いや、、ほら、男同士だとローションは必要不可欠なんだよ。わかるだろ。 じつはそれを買ったのはまだ稲羽にいるときで、梱包を解かないまま俺とこいつがこれから暮らす新居にこっそり持ち込んだわけだが、そこが俺の突き抜けた運の低さ。 たまたま、こいつが鏡の向かい側にある戸棚を整理しているときにその後ろを箱を抱えたまま通ろうとして、鏡にひっかけて、中身をぶちまけた……と、そういうことだ。 なんで、よりによってこいつがいる前でぶちまけるんだ、俺。 「とりあえず、それは捨てろ。箱ごと捨てろ」 「えーっ、マジで!?」 「そういうブツを使いたいなら、そういう店に行け! プロにやってもらえ!」 「バカ言ってんじゃねえ! 俺はっ、お前に使いた……げふうっ!」 顔面を足裏で思いっきり蹴り飛ばされて、そのままもののみごとに後ろへとふっとんだ。壁に激突した後頭部と背中が死ぬほど痛い。高校時代に里中との特訓で鍛えられたこいつの脚力は、けっこうとんもでなかった。 しかも、なんか嫌な感じの音がしたんだが、ちょ、壁に穴あいてないだろうな? 「黙れ変態」 突き刺さる視線は、相変わらずの絶対零度だ。 なのに、やっぱりそんな視線にすら興奮してる俺がいて、これはもう本気で不治の病だなって開き直るしかないのかもしれない。 ちなみに、絶対に許可なしでは使わないことを条件に、押し入れの奥にしまい込むことは結局許してくれた。 なんだかんだ言って、こいつは俺に甘いと思う。 とりあえず、3年くらいかけて説得してみることを決意した。 |
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春コミ1冊目
1冊は入稿できたので、よほどのことがない限りこれだけは出ると思います。
◆だけど、いつか夜は明ける A5/フルカラー表紙/オンデマンド/50P ペルソナ4の小説本。ゲーム設定で、失恋から立ち直ったと思ったら親友に恋してることを自覚した花村が、ぐるぐるしてあわあわして右往左往して開き直る、高2の夏の話です。花主です。花主のつもりです。誰がなんと言おうと花主です。 ハッピーエンドです。シリアスっぽい表紙とタイトルのくせに、シリアスではありません。一部花村がぐるぐるしてるくらいで、基本は平和です。 主人公の母親がほんのちょろりと出てたりしますので、そのあたりにこだわりがおありの方はご注意ください。 画像じゃわかりませんが、うっかり表紙にレース加工なんぞしてたりするので、無駄に〆切が早かったというオチでした。 個人的趣味以外のなにものでもありません。そして、実際どうなってるかは私もイベント当日までわからないのでしたw 表紙を友達のしまたろーさんがつくってくれました。いつもありがとー! 本文サンプルは続きからどうぞ。 1章まるまる放り込んだので、無駄に長いです(全4章)。
「花村先輩ばっかりずるーい!」
いきなりそう叫んだのは、久慈川りせだった。 雨だというのに毎度おなじみジュネスのフードコート、お決まりの場所に陣取った自称特別捜査隊の面々が、突如立ち上がって叫んだりせを唖然とした表情で見上げる。 りせが突拍子もない言動に走るのは、さほどめずらしいことでもない。もちろん、彼女の中ではきちんと筋が通っているのだが、端から見ると一貫性のなさが甚だしいことはたまにあるある。 そうなってしまうのは、べつにりせが常識外れだったり天然だったりするから、というわけではない。こう見えていろいろと苦労してきたりせには確固たる信念と優先すべきものがあり、それに対して正直なだけだ。そして今、りせの興味はわかりやすく一点に向いている。 だから、ずるいと名指しされた花村には、なんとなくその原因がわかった。 それまで交わされていた会話の内容からははげしくかけ離れていたが、りせの最優先事項を念頭に置けば、かろうじてその軌跡は想像できなくもない。 こういうとき、花村は己がそこそこの回転速度を保っていることを実感する。 これがなぜ、テストの結果に反映されないのか。考えるまでもなく、ひとえに興味の有無だろう。 もう少し真面目に授業を受けるだけで間違いなく成績は上がるだろうと、つい何日か前にも親友にして相棒から断言された。とはいえ、その〝真面目に授業を受ける〟という行動こそがいちばん難しいのだが。 「ど、どしたの?」 そして花村とは違い、りせの思考の軌跡をまったく想像できなかったらしい里中千枝が、目を丸くしていた。その横で、天城雪子も不思議そうに首を傾げている。 千枝はともかく、雪子は学校の成績は良いがかなりの天然なうえに感覚のズレも激しいので、わからなくても不思議はない。 「花村くん、久慈川さんになにかした?」 「ねえよ! してませんっ!!」 とはいえ、そこで不思議そうな表情のまま、矛先を向けられても困るわけだ。 少なくとも、花村はなにもやっていない。そもそも、今は休業中とはいえ花村はアイドル・りせちーの大ファンなわけで、できることなら彼女の不興を買うようなことはやりたくないのだ。 悪気は少しもないのだろうが、さっくりとひどいことを言い放った雪子に断固否定の意を示してから、仁王立ち状態のままのりせに向き直る。 ……どうやら、まだご立腹のようだ。 「で? 俺のなにがずるいって?」 「ずるいったらずるい! 花村先輩ばっかり、先輩のお弁当食べさせてもらって、ずるーい!」 「……や、そんなこと言われても」 そして、予想は当たったらしい。腰に手を当てて憤慨しているりせからそっと目を逸らして、花村は小さくため息をついた。 この件については、反応が難しい。なにしろ花村自身、役得だと思っている。ずるいと言われても、譲るつもりは少しもなかった。 ただ、確かに常日頃から主張はしているもの、実際にどうするかを決めるのは花村ではない。 今、花村の横でレポート用紙をめくりながら巽完二の勉強を見ている、自称特捜隊のリーダーその人だ。 「つーかお前、聞いてすらねーのかよ!」 「ん? あ、完二、その問題解くの五分以内な」 「げっ、マジっすか!?」 「カンジはお勉強できないクマねー」 「うるせぇ!」 「いいからやれ」 「あ、はいっす」 そもそもテレビの中に行くということで召集がかかったはずなのだが、なぜか一部で勉強会が発生している。 正確には、完二がまったく解けずに唸っていた問題を、見るに見かねた特捜隊リーダーにして八十神高等学校二年主席の、月森那祇が教えてやっている、という図だ。そのすぐ横から、勉強とは今のところ縁のないクマがちょっかいを出していた。 とりあえず、りせ的にはこれまたあまり面白くない光景のはずだ。もちろん、深い意味はない。単に自分も仲間に入れて欲しい、ずるい、という程度の可愛いものだ。 とはいえ、これまで花村のせいにされたら困る。 それに、よくよく考えればりせの成績も完二に負けず劣らずの低空飛行なのだから混ざって教えてもらえばよさそうなものなのだが、それではいけないのだろうか。 ……おそらく、それとこれとは別問題なのだろう。 「あー、もしもし、月森サン? いいからさ、りせちーの主張も聞いてやってよ」 完二を問題集に向かわせた月森のシャツを引っ張って、意識をこちらに向けさせる。花村の方へくるりと向き直った月森は、色素の薄い猫のような目をぱちりと瞬かせた。 「んで、なんだって? 陽介がずるいとか言ってた?」 「お弁当! なんで花村先輩ばっかりなの、先輩!?」 「あー……なんとなく? 席すぐ後ろだから誘うの楽だし、やけに俺の弁当喜んでくれるし」 「そりゃ、先輩手作りのお弁当なんてみんな喜ぶに決まってるじゃない! ずるい! 私も食べたいー!」 「じゃあ、今度な」 「やったー!」 りせの猛烈なアピールにも、月森は特に動じた様子は見せない。いつも通り涼しい顔で、いつも通りの反応をしていた。明後日から夏休みで、そもそも弁当の出番がしばらくないことはあえて言及しないようだ。たしかに、今ここでそのことについて突っ込んでも意味はないだろう。よけいに炎上するだけだ。冷静なこと、この上ない。 自分にデレデレな元トップアイドル相手でも、これだ。本当に、月森の肝のすわり方はただ者ではない。 それに心底呆れると同時に、なぜか花村は誇らしさも感じる。理由は今ひとつわからなかった。 りせのファンとして、りせに懐かれている月森が羨ましくないといえば、嘘になる。だが、それはじつに表面的かつ軽い「いいなー」のレベルに留まっていた。 それ以上に、りせがそこまで羨ましがる月森の手作り弁当を何度もご相伴に預かっていることのほうが、どうしてか嬉しい。 「あー、月森くんのお弁当、美味しいんだよねー。花村、こないだはなに食べさせてもらったの?」 「鶏の竜田揚げ。うめーのなんの」 「えっ、なにそれずるい! あたしも食べたい!! 前に食べさせてもらった焼肉弁当、ホント美味しくてさー」 「俺、この間プリン食わせてもらったっすよ。美味いったらねーの」 「私、大学いもごちそうになった。うちの板前になってほしいくらいだったよ」 釣られたように、次から次へとメンバーたちが食べさせてもらった弁当自慢を繰り広げだした。 実際、月森の弁当はとても高校生男子が作ったと思えないほど美味いので、つい自慢にも力が入る。特に花村は、仲間たちの中でも食べさせてもらっている回数が多い自覚がある。 花村の横では話題の主である月森が、今度こそ呆れたような表情を浮かべていた。話題が話題だけに口を挟むこともできず、苦笑しながらレポート用紙を千切って鶴を折っている。 「あーん、やっぱりずるーい!!」 「クマもセンセイのお弁当食べたいー!」 続いて、りせとクマの心からの叫びが、雨の降りしきるフードコートに響き渡った。 「で、今日の目的は達成できたのかよ?」 「うん。フラワーブローチ、ちゃんとゲットした」 「あー……なるほど。まーた、わけわかんねえ依頼引き受けてきたってわけか。物好きな……」 「わけわからなくはないぞ。立派な依頼だ」 ため息をつく花村に向かって、月森が指を突きつける。その顔に浮かぶ表情はあきらかに返された反応を面白がっているもので、花村はふたたびため息をついた。 イケメンでクールでミステリアスな転校生、などと噂されている男の正体がコレだと知ったら、八十神高校どころか八十稲羽中にあふれているこいつのファンは、一体どう思うのだろうか。いや、もしかしたらとっつきやすい、近づきやすくなると喜ぶのだろうか。 少なくとも、接する時間が多いクラスの連中はすでに月森がクールでもなんでもないことを知っているし、だからといって人気が落ちたわけでもない。それどころか、より人目を集めることになっていたような気がする。黙っておとなしくしていれば目力がやたら鋭いとはいえ涼しげかつ成績優秀なイケメンだが、いざ動いて喋らせてみるとかなり面白い、しかも天然に片足突っ込んだイケメン、という評価に落ち着いているようだ。 (まあ、イケメンなことに変わりはねえのな) とはいえ、それは花村も認めるところだった。花村の親友にして相棒はとにかく整った容姿をしているのだが、なぜか美形とか美人とかそういう表現がしっくりこない。男前もしくはイケメン、そんな雰囲気のほうが似合う。 あまり繊細さが感じられないからだろうか。そんなことを考えつつ、花村は紙のカップをテーブルの上に置いた。 突発的に発生した勉強会を途中で切り上げ、軽くテレビの中へ入ってから解散した後、花村はふたたび月森と共にフードコートへとやってきている。 「で、今度はなにがもらえんの?」 「知らない」 「……相変わらず、豪毅なやっちゃな……」 「菜々子と同い年の子から、なにか巻き上げようとか思えないだろ」 花村が置いたカップにおもむろに手を伸ばした月森が、カップに突き刺したままだったストローをなんのためらいもなく口に含む。まだカップの中に半分以上残っていたジンジャーエールが、あっというまに消えていった。 「そりゃまあ、そうだけどさ」 その光景を目の当たりにした花村は、もう一度なんとも言い難いため息をもらす。なるべくなら月森にはバレないように、そっと。 (いいけどな、べつに) 勝手にジンジャーエールを飲まれたことは、べつになんとも思わない。花村だって、さっき普通に目の前にあった月森のクリームソーダを事後承諾で頂戴した。もちろん、なにも文句は言われていない。 見るからに男前なこの見てくれで、なぜあえてクリームソーダなどという可愛らしいをチョイスするのかとは思うものの、そのあたりは嗜好の問題なので花村も特につっこまないでおいた。もしかしたらツッコミを期待されていたのかも、などとうがった考えもしてみたりしたが、それはともかくギャップが凄まじくて、見た目的にとても面白いのは事実だ。 それならば、どうしてため息などついたのか。しかも、月森には気づかれないよう、注意まで払って。 答えは、簡単だった。 (男同士で気にすることじゃねえよな……普通は) そう、普通は。つまり、花村がついついため息をつきたくなってしまったのは、自分たちが当然のように一本のストローを使い回していることについてだった。 実際、男同士なのだから気にするようなことではない。相手が風邪を引いているとか思わずドン引きするくらい不潔だとか、とにかく苦手とかならともかく、ごく普通に付き合いがあるような相手ならなんとも思わない。今はもういない、元担任の諸岡あたりとストローを共用しろと言われたら相当微妙な気分になったかもしれないが、他には特に思い当たるような相手もいなかった。 そのはずなのに、なぜか今、現在進行形でそれを気にしている自分がいる。そのことに、花村は幸か不幸か気づいてしまった。 (イヤなワケじゃない。それはない。絶対ない) なまじそれだけは断言できてしまうだけに、よけい複雑だった。もちろん、諸岡とのそれを想像したときとはまったく別というか、逆の意味だ。 なぜか、嬉しい。顔がニヤけるところまではいかないものの、微妙に緩んでいるのがわかる。ごく普通のことのはずなのに、どうして嬉しく感じているのかがわからない。 どこかで覚えのある感覚だと思ったら、先刻テレビの中へ入る前に感じたものだった。月森の弁当のご相伴にあずかっている回数がいちばん多かったことに対しての感情、つまり優越感というやつだ。ただ、感情の種類は判明してもその原因がわからないので、素直に喜べない。 しかも、そこに行き着く前には一瞬焦っていた。花村が勝手に月森のクリームソーダに手を伸ばしたときはなにも思わなかったというのに、月森がこれまた当然のように花村のジンジャーエールに口をつけたその瞬間、妙な羞恥心が全身を駆け巡ったのだ。これまた、意味がわからない。 そして、これが極めつけだ。 ストローをくわえる月森の唇に、自然と目が惹き付けられるというのは一体どういうことなのか。 (こいつの顔、やたらと整ってるから……だな、きっと) そう、なんとか自分に言い聞かせる。美形などという繊細な表現が似合うような人物ではないが、性格その他を見ないふりすれば実際、月森は美形だった。 そんな男が、なぜか目を伏せ気味にしてストローなんかをくわえていたら、つい魅入るのは仕方がない。人間、やけに整っているものには、どうしたって目が行くものだ。 女子だって、キレイなお姉さんはついつい見てしまうし好きだと公言しているではないか。男子がキレイなお兄さんに見とれても、おかしくはないはずだ。花村は、そう主張したい。 (いいけどな、べつに) そして、結局はここに戻るわけだ。なんとも説明のつかない、それゆえにすっきりしないループだった。 せめてもの救いは、花村がこんなオチのつけようがないことをぐるぐる考えながらじっと月森の顔(というか唇)を見つめていることに、当の月森がまったく気づいていないことだろう。視線が集まることに慣れているのか、たぶん熱烈と称していい花村の視線にも動じた素振りはない。 おかげで、やろうと思えば月森の顔を眺めたまま、じっくりと謎に取り組むことができそうだ。 はたして解明に取り組んでいいのか。そこがいちばんの謎のような気もするのだが、花村はあえてそれについて深く追求はしなかった。 ついでに、謎そのものについて考えることもやめた。なんとなく、今のこの時間をそんなことで潰してしまうのも惜しいような気がしたからだ。 なお、花村にじっと見つめられていた当の本人は、やはり視線を気にした様子も見せずに堂々としている。ただ、なにかに気づいたようで、それまで伏せ気味だった目がふいに丸くなった。 「あ、ごめん。全部飲んじゃった」 「マジかよ」 どうやら、今までずっと無心だったらしい。 目の前で振られた紙のカップからは、カラカラと氷同士がぶつかる音がしている。いくら夕方になって少し気温が下がったとはいえ、夏のフードコードだ。しかも、ここは屋外だ。 けっこうな勢いで溶けていくはずの氷が、まだほとんど原型をとどめている。そんな勢いで花村のジンジャーエールを飲み尽くしておきながら、月森が自分で買ったクリームソーダはまだ半分以上残っていた。鮮やかな色のソーダに浮かぶアイスも、微妙に溶けかけているもののまだしっかりと元の形を保っている。 メニューを眺めていたら見つけてしまい、好奇心がうずいたので買ってみたはいいが、いざ口をつけてみたら飲みたいのはこれじゃなかった、というところか。 常に驚くほど冷静で、用意周到に先のことまで考えて行動を起こしていそうに見えるくせに、月森は好奇心に負けてバカとしか評価しようのない衝動的な行動に走ることも多かった。なので、そんな顛末だったとしてもちっとも驚かない。 「かわりに、こっちやる」 そんな花村の予想を肯定するかのように、月森はまだだいぶ残っているクリームソーダを花村のほうにずいと押しやってきた。 「お前な」 「いや、予想以上に甘くて」 「甘くないクリームソーダって詐欺じゃね?」 「そう思う」 真顔で頷いている月森の顔を眺めながら、花村は自分の前に押しやられた紙のカップを手に取る。ストローに口をつければ、月森は満足そうな笑みを浮かべた。 一体なにに満足したのか、花村にそこまで判別することはできない。ただ、あまり表情が動かないことで有名な月森らしからぬほど、嬉しそうだったので。 (喜んでるみたいだし、いっか) 結局、またしてもそれ以上の追求は止めた。追求してみたところで、あまり意味がないような気もしたからだ。 互いに気を遣っているのかいないのか、微妙に判別しかねるこの距離は、花村にとって異様なほどに心地好い。 六月の末頃に河原で殴り合ってから、それまで薄皮一枚の状態で存在していた花村と月森の間の境界線は、ほぼ完全に消滅した。 ずっと気づかなかったものの、その境界線というか心の壁のようなものを打ち立てていたのは花村自身で、それに気づいたときはかなりの衝撃を受けた。四月の初め、まだ転校してきたばかりの月森に自分のシャドウから助けてもらって以来、ずっと誰よりも近しい場所にいたのだ。それなのに、特別で親友で、相棒だと心から信じていたはずの相手に嫉妬していたとか、なによりも自分が情けなくて仕方がなかった。 そんなもやもやを吹っ飛ばして、今度こそ親友で相棒という対等な位置に立ちたいがために当の月森に殴ってもらおうとしたら、殴り合わなければ対等じゃないとかとんでもない主張をされて、結局は殴り合いになったわけだ。いざ殴り合ってみれば、心の片隅に澱のようにこびりついていた嫉妬の気持ちはきれいに吹き飛んで、純粋に受け入れられるようになった。敵わないと、なぜ自分はこうなれないのかと妬心がにじんでいた部分も、俺が認めた相棒なんだから当たり前なんだ、と逆に誇れるようになった。 春に手痛い喪失を経験したせいもあって、当分の間は恋愛沙汰にうつつをぬかす気にもなれない。それなのに、花村は基本的に寂しがり屋だ。それは、自覚している。それこそ、先輩であった小西早紀の死の真相を探ろうとテレビの中に入ったあの日、己のシャドウの手で眼前に突きつけられた。 そんな花村が手に入れたのが、月森那祇という存在だ。親友にして、相棒。個々の境界線があいまいになるほど近づいても拒否反応ひとつ起こさないその相手は、もしかしたら恋人よりもよほど身近なのかもしれない。 「よく、一気に飲めるなあ」 感心したような声が聞こえてきて、花村はふとストローをくわえたまま顔を上げた。そこでは、声色に違わぬ表情を浮かべた月森が、じっと花村の手元を見つめている。 気づいたら、甘ったるいはずのクリームソーダはほぼ空に近くなっていた。まだ溶けきっていないアイスが、カップの底で所在なげに存在を主張している。 よく見ればストローの先はスプーンのようになっていたから、ひとくち分アイスをすくって口に入れてみた。 ……まだ、少しだけ冷たい。冷たさはアイスが舌の上で溶けていくにつれ徐々に消えていき、いつしか甘さだけが残った。──まるで、絡みつくように。 花村の手元を眺めている、月森の視線ごと。 「お前が俺のジンジャーエール全部飲んじまったから、これ飲むしかないの!」 なぜ、そんな風に感じたのかわからない。ただ、暑いはずなのに背筋がぞくりと震えが走ったような気がして、花村はそれを振り払うべく声を張り上げた。本当に腹を立てているわけでも怒っているわけでもないから、それはかなりわざとらしく聞こえたかもしれない。 でも、月森は少し目を丸くしただけだった。やっぱり、とでも言いたげに悪戯っぽく笑うと、片手を顔の前に立てて拝むようにしてみせる。 「うん、ごめん、悪い。あ、一応、わざとじゃないから」 「お前ならわざとでも驚かねえ」 「ひどいなー」 「つーか、よけい喉渇くんですけど」 「なら、おごってやろうか……今度はイチゴシェイク?」 「だから、なんで甘いモンに走るんだよ!?」 「ははは」 目論見通り、花村を蝕みかけていた妙な感覚はどこかへ吹っ飛んでいった。月森にツッコミを入れつつ、花村は心の中でだけホッと息を吐く。 そして、ふと浮かんだ疑問を口にした。 「てか、帰らなくていーの?」 「今日は叔父さんが署に泊まりだし、菜々子は友達のところで夕飯ごちそうになってくるんだって。だから、後で迎えに行く。そうだなー……十九時頃かな」 「んじゃ、それまで付き合ってやるよ」 「あ、ほんとに? ラッキー」 思いつきで宣言してみれば、月森は嬉しそうに笑う。 ただ、花村が一緒にいたいだけだったのだけれど。 ──それでも、喜んでくれるのなら、きっと問題はないのだろう。 |
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P4A #19:It’s School Festival Day! Time to Have Fun!
関西じゃもう20話放映終わったっていうのに今頃19話ですみません。
あ、でもニコニコチャンネルではまだですしね! というわけで、まったくもって簡潔じゃない感想いってみよー。 以下、ねたばれ放題です。 ・ベルベットルーム 出張中てちょっと待ってイゴール&マーガレット いえまあ、どこに出張してるかの予測はつきましたが しかしイゴールまでいないとはどういうことなのw ・OP 最後のメガネがおちてくるとこ、なんで鼻眼鏡がまぎれてるんですかー!? ・文化祭の出し物=合コン喫茶 合コン喫茶への興味を隠しきれない雪子と、王様ゲームがすっかりお気に入りの鳴上くんに笑った というか、王様ゲームの記憶うろおぼえなんですね、鳴上くん。少し本気出したって言ってたからけっこうちゃんと覚えてるのかなと思ってたんですが、覚えてるのはほんのわずかだったんですね……w どんだけ全力ではじけたんだ。記憶ふっとぶくらいはっちゃけたってことか。 かわいいなくそ。 ここ、ツッコミ千枝しかいなかったw ・ミスコン 千枝ちゃんのどーん☆×2 これに耐えた陽介すげえな 「いいか、お前たち。ミスコンというのはだな……(30分経過)つまり、いいから出ろ」という鳴上くんの力説っっぷりに腹抱えて笑いました。陽介寝てるしw 千枝と雪子どんびきしてるしww やっぱり(主に直斗に向かって)力説する完二もかわいかったです 「ええっ、探偵関係あるの!?」って目をぱちくりさせる直斗かわいかった。なんかツボった そして「先輩が期待してくれてるから」でがんばっちゃうりせちーもかわいかった かわいいしか言ってない いいんだよもう特捜隊みんなかわいいんだよ ・「ハムってなんなんだ!」 そんな渾身のシュートをはずす鳴上くんが愛しいよ 剛毅コミュのふたりと鳴上くんは、陽介とはまたちがう感じの同年代親友コンビっっぷりでとてもかわいいのであります 鳴上くんのいじりかた知ってるよね、一条と長瀬 ・綾音登場 うっかり節子って言いそうになる…… しっかしちっちゃいなー!! 鳴上くんの胸のあたりまでしかないよ そしてかわいい。綾音かわいい 練習してる曲、NeverMoreじゃないのさ 「うまい演奏を聴けたら帰る」って、鳴上くん、それ今日中に帰れないよ・・・? そしていじわる言ってるんじゃなくて、超本気だよこれたぶん……w ・女装コン 結局これ、罰ゲームなのは陽介だけですよね。完二と鳴上くんは結局ノリノリだしw 「大丈夫。すっごいきれいにしてあげる」の雪子にちょっと惚れそうになりました ひとり嫌がる陽介の肩を叩いて「がんばろうな」って笑う鳴上くんまじ天然かわいい ・「かわいく頼む」 鳴上くん……www りせコミュがちょこちょこ入ってきてますね 自然に入れ込んでてちょっと感動した ・合コン喫茶 超真顔で王様ゲームのくじを作ってる鳴上くんに大爆笑です。なにこの子かわいい 千枝に「それ、使わないから」って言われて「ええっ!?」って顔してるところがなんともいえない ・合コン喫茶でサクラ 委員長のかわりに長瀬が巻き込まれるのかw そして、悩む隙すらみせずに速攻女子席に座る鳴上くん笑う。悠子ちゃん! 声も口調も仕草も女子になりきってるところがもっと笑う これが、先週堂島家でお母さんやってた鳴上くんかと思うと……!!! 「シャドウ倒したり」って、雪子それ趣味じゃないwww 悠子ちゃんのチェンジと合体は、なんか趣味な気もしなくはない。てか、折り鶴じゃないんだなw 好みの女子のタイプ聞いてもらえない陽介わろた 完二のタイプ、まんま直斗じゃないか!www 長瀬、女嫌い直ってないし。ああ、そうか、結局元カノとより戻ったわけじゃないしな……w この中で彼氏にするなら誰?>陽介が新たな扉を開こうとしているwww というか、鳴上くんはただ陽介のことをじっと見つめているだけなわけですが、それにあそこまで過剰反応する陽介はもうかなり手遅れ状態だとしか思えないんでして、いやもう悠子ちゃんのセリフじゃないけど「初心なのね」 というかまだ一線越えてなかったんだ。奥手だな陽介(違う) ・ドリンク どう見てもラーメン。そうか。ラーメンはドリンクか…… ・ステータス おい、すでにMAXの寛容さが「女子力」になってるぞ ・ロミオとジュリエットとハムレット あ、結実がいたw ・吹奏楽部 知っている展開なんだけど、綾音のことを思うとちょっと胸が痛い ・泣く綾音 この身長差ほんとにすごい 「じゃあ、いこうか」ってナチュラルに誘う鳴上くん男前 焼きそば屋台前にいる鳴上くんの顔に注目したい ・エビちゃん登場 鳴上くんとエビちゃんの関係、なんつーか男同士の友情にしか見えない今日この頃 つーか、何股中よってひどいwww どういう噂が飛び交ってるんだろうw 「いやだ……」って鳴上くんの言い方がおもしろいww 情けないwww ・THE長鼻 マガレさんwwwww マガレさんとエビちゃん、こいつらなにを張り合ってんだw 「お客さまの女関係は」「そっとしておけ!!」→鳴上くん、女子をタラして歩いてる自覚はないだろうけど、なんか嫌な予感でもしたのかなw ・ミス?コン 完二は予想通りというかゲーム通りでしたが、陽介の女装、メイクがなんか薄くなってた気がする。ふつうにかわいくね? てかスカートみじかくね? ぱんつみえるぞ 鳴上くん、スケ番姿で竹刀で床叩いて「俺を見ろ」って!w 合コン喫茶のサクラのときは完璧に女子を演じてたのに、女装中はうっかりするといつもより男前だぞ!w まあ、全部アリスクマにもってかれるわけですが つーかですね。女装鳴上くんを見て女子が頬を染めるのはともかく、なぜ後ろにいる男子まで一緒に頬を染めている……? ・ミスコン りせコミュミックスでミスコン。りせかわいいなあ あ、林間学校のときと水着違う……! 「すみません……」って動転してる雪子を「いえいえ、ありがとうございます」って拝む鳴上くん、反応がおじいちゃんです というか、まさか直斗の水着姿を背中だけとはいえ見られるとは思わなかった……!! 完二、鼻血……ww ・りせコミュMAX りせかわいい。やっぱりかわいい ノマカプだとじつは主りせが好きですっていうかたぶん、うん、りせ主だな私的には……w それにしても、りせの告白をもののみごとにスルーする鳴上くんのド天然ぶりときたらほんと罪 でも、「まあいいか」って笑えるりせマジかわいい ・集合写真+りせちーのサインつき いいなあ、この集合写真 ・予告 打ち上げ次回かー! てか、全裸で仁王立ちしてる鳴上くんがいたような気がするんですが……? 花主的にはとてもおいしい展開がございまして、ええ、その、ありがとうございました。 鳴上くんはあれだね、本気出してバカするとほんと思わず「頭だいじょぶ?」って言いたくなるくらいに弾けるので、とてもかわいいですよ、はい。 でも、あれやって許されるのはイケメンだけだよねっていうかたぶん鳴上くんだけだよね。知ってる。 んでもって、打ち上げ回はじつは24時間後なので、ものすごくわくわくなのでございます。 |
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原稿してる
最初の〆切予定は21日だったんですが、まあ諸処ありまして間に合うわけがなかったので、今は25日の〆切を目指して原稿中です。
21日に間に合わないから〆切伸ばすしかないと思った途端にあれこれ書き直したい部分が出てきたので、まあ無理矢理入れずに済んで正解ってことなのでしょう……と、自分を慰める。 しかし25日といってもべつに余裕があるわけじゃないので、早くなんとかしたいです。脳内にあることをなぜそのまま出力できないんだろう、ほんとに(たぶんそのまま出力したら、誰にも理解できないものになるからだと思う)。 しかし、くっつくまでの話は何度書いても楽しいですね。私が恋愛ものでいちばん好きなのは、両片思いのふたりが無駄に遠回りして結局はくっつく話です。その、無駄に遠回りしているもだもだ感と、くっついたときにそれが一挙に解消される爽快感がたまらなく好きです。告白話ばんざい。 ちなみに、書いていていちばん楽しいのは告白そのもののシーンではなく、大抵はその前の時点で主に攻めキャラが「orz」みたいな感じになっている部分であることが多いです。 「かわいそうにな……つーか両思いなんだからもっとどーんといけよ、なんでいかないんだよこのへたれ……! くそ、かわいいな」とか呟きながら書いてることが多いですが、かわいそうなことにしているのは間違いなく私なので、ほんとなに寝とぼけたことほざいてんだおまえって感じではあります。 ちなみに、そんなことにしていても、私は攻めキャラを大変愛しています。 こんな目に遭わされるなら好かれなくていいって言われそうだといつも思っています。 で、そんなこと言ってるくせにじつは私はへたれを書くのが大変苦手なので、そういうシーンは楽しいんだけど進まなくて苦しい、というなんとも言い難い二律背反なのでした。 P4において私の最萌えキャラはセンセイなんですが、やっぱりセンセイ単体萌えというよりは花村とセットで萌えなんだよなー。私の同年代相棒属性への食いつきっぷりは昔からガチです。学園ジュブナイル系にことごとくハマってるあたりで察してください。 花村がいるからこそ、センセイのキャラがより立つというか(特にゲーム)。私の脳みそが、相棒コンビ萌えにいかに傾いているかということですが。 そういう意味では、花村に特化したセンセイキャラに最初からカスタマイズされているわけで、もしかして私はじつはセンセイより花村優先なのか? と思わなくもないです。 アニメの鳴上くんと花村は、またゲームとは違う過程を通っていてとても面白い。 コミュMAXはおそらく12月の例の日の後にくると思ってるんですが、どこまでやってくれるのかなあ、わくわく。 で、なんでこんな脈絡ないこと書いてるのかというと、単に原稿に行き詰まったからです。 こんなところで詰まるなら、まじめにプロット作っとけばよかった……。 |
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#硝子細工のジャングルジム 2
ゲーム花主(を目指したいものの花→←主の域を脱していないふたり)で11月。
11月のネタバレしまくりです。未クリアの方はご注意ください。 これの続き。 「お前、飯食った?」 「……どうだっけ」 階段を上がるのが面倒くさい、ただそれだけの理由で陽介を居間へと通す。 居間に足を踏み入れるなり尋ねられた問いかけには、あいにくあいまいな答えしか返せなかった。どうだったか、本当に覚えていない。 ただ、特に空腹だというわけではないから、きっとなにかを食べたのだと思う。そうでなければ、つじつまがあわないからだ。 「あー……」 着ていた上着から袖を抜きながらぐるりと周囲を見回していた陽介は、なぜか深いため息をついてからがっくりとうなだれる。 「どうした?」 「どーしたもこーしたも」 脱いだブルゾンをソファの上に放り投げると、陽介は力なく畳の上に座り込んだ。片手で苛立たしげに、自分の茶色い髪をかき混ぜている。 ……あまり、陽介が見せることはない仕草な気がした。 「コーヒーと日本茶、どっちがいい?」 よほど、言いにくいことがあるのかもしれない。そう判断して、ひとまずなにか温かい飲み物を入れることにする。 ずっと外にいた陽介の身体は、普通に考えて冷え切っているはずだった。さっき触れた手はびっくりするほど熱かったが、もし風邪など引いて熱を出しているようならなおさらだ。 視線を下に向けると、あぐらをかいてうなだれている陽介のつむじがよく見える。 かき回されてぐしゃぐしゃになった髪の毛は、ワックスかなにかでちゃんとセットしてあるおかげか、微妙ではあるものの自然と元に戻りつつあった。その動きは、眺めていると少し面白い。 ちなみに、なんで俺が陽介のつむじを見下ろしながら突っ立っているかというと、返事がないからだ。陽介は無言のままだった。 悩んでいるなら、先に湯を沸かそうか。そのほうがいいかもしれない。 ……と、思ったのに。 「うわっ?」 そう判断して台所へ足を向けようとした途端、力いっぱい引っ張られてがくりと身体が傾いだ。 勢いを殺すことが出来ないまま膝が折れ、その場に手をつくはめになる。一体、なにがどうしてこうなっているのか。 中途半端に座った状態のまま、呆然と目の前の男を見遣る。 左の手首が、熱い。 「いいから座れって」 俺の手首を掴んで、しかも引っ張って強引に座らせた──というか転ばせたのは、もちろん陽介だ。 「陽介?」 「コーヒーも茶もいらない。っていうか、欲しくなったら自分で勝手にやる。べつに入り浸ってたわけじゃないけどさ、けっこうここには遊びに来てるじゃん? それくらいなら、俺にだってできるんだぜ」 うつむいていた陽介が、顔を上げる。傷つけられた痛みを必死で堪えるような、でもこの上なく真剣な顔をしていた。 「…………陽介?」 ふざけているわけでも遊んでいるわけでもないことは、さすがにわかる。陽介は本当に本気だ。なのに、告げられた言葉の意味が理解出来ない。 陽介は、この家のどこにコーヒーや茶葉、カップがあるかを知っている。 だから、勝手にコーヒーや茶を入れるくらいは出来る。それは事実だ。だけど、それと今の状況がどう繋がるんだろう? 己の表情に、困惑がにじむのがわかった。どうすればいいのか、わからない。 俺の左手首を掴んで離そうとしない陽介の指に、さっきよりも力がこもる。 火傷しそうなほどに熱く感じるのに、なぜか心地よかった。 「お前、俺の世話してる場合じゃないだろ!?」 「……へ?」 なにを言われているのか、本当にわからない。 わからないから、ぽかんとするしかなかった。たぶん俺の顔は今、かつてないほど間抜けなことになっていると思う。 ここ最近いろいろあったこともあって、だいぶ許容量ギリギリ路線を突っ走っている自覚はあったけれど、一応それなりに思考はクリアだったはずだ。そうじゃなければ、天上楽土は乗り越えられなかった。 たしかに今、俺には他人の面倒を事細かに見ていられるほどの余裕はない。だけど陽介はべつに他人じゃないし、そもそも茶を淹れるくらいなら実際、風邪を引いて熱が出ていたって出来ることだ。 無茶をしているのなら、怒られてもしょうがない。でも、今は違う。 違うはずだ。そう主張したいのに、なぜか言葉を口に出せなかった。 陽介が、ますます泣きそうな顔になったからだ。 「勝手に押し掛けてきたヤツの世話なんか、する必要ないんだよ。それより、頼むから自分の面倒見てくれ。今日、一度も飯食ってないんだろ?」 「えー……、と」 言われた内容を理解するのに、少しだけ時間がかかった。まるで流れるような勢いで陽介が言葉を吐き出したから、脳内でばらばらに散らばったものを拾い集めて再構築する必要があったからだ。 改めて、考える。やはり、答えはさっきの通りだ。 「いや……そんなこと、ないと」 「んなワケない。俺の予想では、昨日の昼からなんにも食ってないはずだ」 「…………」 そんなはずないと思うのに、自信を持って否定出来ないことにまず驚いた。 なぜ否定出来ないのか。簡単だ、記憶に残っていないから。 「……あれ?」 どうして覚えていないのだろう。今日は日曜だし、一人分の食事を作るのも面倒だから朝昼兼用ですませようとした、そんなあたりかもしれない。人一倍ものぐさな自覚はあるから、そう考えるのがいちばん妥当な気がした。 「…………」 ただそうだとすると、ひとつ問題がある。 ちらりと時計を盗み見てみたところ、すでに時刻が昼の三時を示している、という動かし難い事実について、だ。 「ほら、食ってないだろ?」 「……えええ?」 そう、だっただろうか。もしかして、陽介の言うとおりなのか。 「でも、おかしくないか?」 それでも納得できなくて、俺はその謎を突き詰めることに本腰を入れることにした。中途半端この上なかった体勢をまずは正して、陽介の正面に座る。あぐらだけど。 不思議なことに真っ正面から見た陽介の顔は、俺以上に真面目だった。 「ぶっちゃけなんもかんもおかしいけど、お前はどこにこだわってんだ?」 「だって俺、お前も知ってのとおり相当食うよな?」 「そりゃーな。愛家のスペシャル肉丼、平気で完食できるヤツはそういねーし」 「そんなもんを軽く平らげた後に家で夕飯平気で食う奴が、土曜の昼からなにも食わないでいられると思うか? もう、日曜の昼過ぎだぞ。三時だぞ。ありえないだろ」 言われてみれば、昨日の夕飯も今日の朝飯も昼飯も食った記憶が欠片もないので、あまり大きなことは言えない。昨日の昼飯は、たしかだけど陽介とジュネスのフードコートでなにかを食った気がする。なにを食ったかは、じつは覚えていなかった。 俺自身ですらそんなあやふやな感じなのに、なぜか陽介はさっきから食っていないと断言している。俺はそこが不思議でならない。 断言出来るということは、動かぬ証拠でもあるんだろうか。我ながら心許ないので、あるなら見せてほしいかも、と少しだけ思う。 ──ただ、やっぱり空腹感はまったく感じない。 「あのな」 そんなことを考えながら、俺はじっと陽介の瞳を見つめていたようだ。物心ついた頃から目力が強いとずっと言われ続けてきたから少しは遠慮しようかとも思ったけれど、相手が陽介だと思ったらやる気も失せた。こいつに、そんな遠慮はいらない。 俺にガン見されていた陽介は、特に居心地の悪そうな素振りも見せなかった。ほんの一瞬だけ目を伏せて呆れたようにため息をつくと、視線を上げる。 また、視線が合った。今度は陽介にしてはめずらしい、心の奥底まで見透かすような強い視線だ。 そして、またため息。先ほどよりも、大きな。 「はあ……そんなありえないことがここ何日か立て続けで起こってるくらい自分が参ってるってこと、お前、ホントにわかってる?」 「…………え」 目を、見開くしかなかった。 口から言葉も出てこない。目も口もぽかんと開けたまま立ちつくすって表現は、まさしく俺が遭遇してる状況を表すためにあるんじゃないかと思う。 「ああ、やっぱりわかってねーし」 陽介は、自分のほうが傷つけられたような顔をしていた。 ずっと掴まれたままだった左手首が、引っ張られる。つられて前へと傾いた上半身を包んだのは、陽介の右腕だ。 洗いざらしのシャツごしに、ぺたりと背中に当てられた手のひらが熱い。左の手首も熱い。あまりの熱さに、なにかが壊れてしまいそうだ。 ──なのに、その熱さが心地いい。 「……俺が?」 問い返してみたら、優しく背中を撫でられた。 座っていたときに腕を引き寄せられ、前傾姿勢になった状態で背中にもう片方の腕を回されてしまった俺は今、かろうじて床についている膝と、額に当たっている陽介の肩に支えられている。なぜこんなバランスの悪い体勢になっているのか、それすらもわからない。 ただ、手首と背中と、額と。 三カ所から伝わってくる熱が、熱ではないなにかをもたらしてくる。 そんな、気がする。 「悲鳴を上げないワケがない。参らないワケがねーんだよ。堂島さんとホントの親子みたいに信頼しあってたのも知ってるし、菜々子ちゃんのことをホントの妹以上にかわいがってたことも知ってる。なのに堂島さんにはウソついてるって責められて、しかも大事にしてた菜々子ちゃんのこと攫われて、堂島さんまで大怪我して入院して、やっと菜々子ちゃん助け出したってのにいつまで経っても意識が戻らなくて、それなのにお前は毎日この家……堂島さんと菜々子ちゃんの思い出しかないこの家に帰らないといけなくて……そんなの、感情も感覚も麻痺しないほうがおかしいんだ」 顔は、見えなかった。俺の視界に入っているのは、陽介の足のみだ。 だから聞こえたのは、声だけ。陽介の声だけだ。 ──まるで、泣いているみたいな声だった。 「泣いてるのか?」 肩に額を押しつけたまま、口を開く。 背中を撫でていてくれた手の動きが、ぴたりと止まった。そのまま、離れていく。 手が離れていってしまったことを、少しだけ物足りなく思った。びっくりするくらい熱かったからだろうか。 手首を掴んでいた手も離れて、俺の肩へと移動する。背中から遠ざかった手も、逆の肩に落ちていた。熱い手が戻ってきたことに、心のどこかが満足してる。 自分でも予想していなかった心の動きに注視しているうちに、伸びてきた二本の腕に両方の肩を軽く後ろに押されて、結局俺はまた床の上に座らされた。 でも、おかげで陽介の顔を見ることが出来た。陽介は、泣いていない。 なのに、泣きそうな顔をしている。そのことに、心のどこかが痛んだ。 拗ねていてもいい、怒っていてもいい、驚いているのは見ていて面白い。だけど、泣かないでほしい。 いつも笑っていろとは言わないけれども、出来れば笑っていてほしい。 そんなことを思うのは、なぜか。 自分の中で生まれた疑問の答えがどうしても見つからなくて、陽介の顔を見つめたまま首を傾げてみると、泣きそうだった陽介の顔がまた変わる。 泣きながら笑っているみたいな、そんな表情だった。 「バーカ、泣いてるのは俺じゃない。お前だよ」 かちり、と。 心の中で、なにかが音を立てる。それはたぶん、十一月頭のあの日から、ずっとズレてしまっていたなにか。 「……え」 気がついたら、視界がわずかににじんでいた。 「やっぱり」 「あ」 目尻から頬にかけて、冷たいものが伝う。 頬に触れた陽介の指が、こぼれおちたものを拭っていった。 「なにこれ」 「だから、泣いてんだろ」 泣くのは悲しいときか、嬉しいとき。大体、そんなものだったと思う。 そのはずなのに、どうして俺は今泣いているんだろう。菜々子は助け出したし、叔父さんだって怪我は酷かったけど命に別状はない。だから悲しくなんてない。 こうやって陽介が俺を気遣ってくれるのは嬉しいけれど、なにも泣くほどのことではないと思う。それなのに、なぜ? 「こんなときくらい、俺を頼ってくれよ」 そのとき、やっとわかった。 ──ああ。俺は、寂しかったのか。 「…………う」 気づいてしまったら、我慢しているのが難しくなった。 寂しくて当たり前だ。稲羽に来てからずっと、俺はひとりでいることがなかった。 なぜ、今までそれをずっと押し込めていられたのか。……さっき陽介が言ったとおりなのかもしれない。 麻痺していたと、そういうことか。 「…………っ」 押し殺そうとしても、嗚咽が漏れる。泣いてるところなんて、本当は誰にも見せたくなんかない。 でも、今ここには陽介しかいないのだ。だから、その存在は歯止めになんて少しもならなかった。 だってこいつなら、俺がいくらみっともないところを見せたって、今さら態度を変えたりしないだろう。 大体、俺すら気づいていなかったことに陽介は気づいていた。気づいて、こうやってここまで来てくれた。 だから、取り繕う必要なんてどこにもない。 ──でも、さすがに泣き顔を真っ正面から見られるのはちょっと勘弁したいわけで。 俺はうつむいたまま両手を伸ばして、陽介のシャツをひっつかむ。伸びたらごめんと、心の中で謝罪した。 そのまま、陽介の平らな胸に顔を埋める。顔も、どうしても漏れる嗚咽を隠すにも、これがいちばんだ。前に胸を貸したんだ、今回は俺に貸してくれ。 ……陽介は、拒絶なんてしなかった。 「もう、我慢することないんだ。お前は、菜々子ちゃんを助け出した。だから、もう我慢する必要なんてねーよ」 片手が背中に回り、もう一方の手が俺の左手を握ったのがわかる。 「もっと早く気づいてやれなくて、ごめんな」 優しく背中を撫でてくれる手のひらが、温かい。陽介の心が、気遣いが、全身にゆっくりと染み込んでいく。 そのぬくもりを追いかけて──やっと、わかった。 俺の思考はあんなことがあってもやけにクリアだったけれど、そのかわり心が麻痺していたようだ。 想像なんてしたくもない最悪の事態から目を逸らしたくて、でも逸らしきれなくて、しょうがないから感覚と感情を凍らせたのだろうか。思いがけない喪失が重なったせいで臆病になりすぎていたそれらが表に出ていたままでは、菜々子を助けることなど出来ないと判断して。 ……たぶん、その判断は間違っていなかった。だからこそ俺は今ここで菜々子の意識が戻るのを待ち、叔父さんの帰りを待つことが出来ている。 ただ、あまりに固く凍らせすぎたのか。まさか、日常生活に支障が出るほどになるとは思わなかった。 陽介が気づいてくれなかったら、俺は一体どうするつもりだったんだろう。 ……もしかして、俺だけの力ではどうにもならなくなったら陽介がなんとかしてくれると、最初から楽観していたんだろうか? 自分のことながら、ないとは言い切れない。後始末を丸投げするとは、我ながらはた迷惑に過ぎる。 でも、しょうがなかったのかもしれない。 俺は決して、強い人間などではないのだから。 「大体、なんでずっと家の中にいたのにこんなに全身冷たいんだよ。特に、手」 呆れたように言われて、やっと自分の指先がありえないほど冷たくなっていたのだということに気づいた。 陽介の手がやたらと熱く感じたのは、そのせいか。陽介が熱を出していたわけじゃなくて、俺が冷え切っていたのか。 それは、盲点だった。なんでそんなことになっていたのかは、知らないが。 カーテンは開けっ放しだったけれど、ちゃんと窓は閉めていたはずだ。 「知るか、そんなの」 陽介の胸で泣き顔を隠したままの反論は、当然のことながらくぐもっていた。でも、陽介にはちゃんと通じたらしい。 「食ってないからに決まってんだろ。学年主席のくせに、なんでそんなカンタンなことがわかんねーんだよ」 「じゃあ食わせろよ」 「だから食わせにきたんじゃねーか。どーせなんもないと思って、いろいろ買ってきてあるっての」 「ん、もうちょっと待って」 このぬくもりを手放してしまうのが、どうしても惜しかった。 自分でやったこととはいえ、心を凍らせていた反動かもしれない。相棒の有り難みも心からは実感出来ていなかったんだろう。 こうしていると、ひとりじゃないんだと心から強く思える。 俺が日頃からどれだけ〝親友〟で〝相棒〟という存在に助けられているのか、きっと陽介はわかっていない。だから、あんなセリフを平気で言えるんだ。 「陽介」 「なに。やっと食う気になった?」 首を振って否定する。その前に、どうしても伝えておきたいことがあった。 「俺はいつだってお前をいちばん頼りにしてるよ、相棒」 たぶん、この世の誰よりも信じている。俺のことを誰よりも信じてくれているお前を、この世界でいちばん信じている。 壊れかけた俺の世界を修復してくれた陽介を、誰よりも大切に思っている。 陽介はなにも言わなかった。だけど。 両腕を使ってぎゅうっと俺の身体を抱きしめた陽介の耳が真っ赤になっていたから、言葉を返せなかったことは大目に見てやることにしよう。 菜々子の面会謝絶が解除されたのは、その翌日のことだった。 End. |