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#Eclipse 2

消滅したサイトからサルベージしてきたROプリアサ。
まだまだ続くんじゃないでしょうか。

続きがいつになるかは不明です……。


 * 2 *


 アサシンギルドと大聖堂は、相互不干渉。
 ……の、はずだった。あくまでも、建前上は。
 その実、依頼があれば人の命すら奪うことのあるアサシンギルドと、神の加護を祈り生きとし生ける者たちに祝福を与え我が身を犠牲にすることすらいとわず、生ける者たちの命を尊ぶ大聖堂の折り合いがいいはずがない。双方の主張するものがまったく正反対のものである以上、それは当然のことだ。
 冒険者として広く外で活動している者たちの間にそのような軋轢はないとはいえ、大聖堂の中枢近くにいる者たちの中にはそういう考えを持つ者も少なくはない。アサシンギルドの中枢にいる者たちも、大聖堂の者を忌避することはなくとも、世界の表層のみを愛で祝福する視界の狭い者として冷めた目で見ていることが多かった。
 それゆえに、相互不干渉。
 互いに関わらないのはいちばんだと双方納得して、ここしばらく両者の関係は成り立っている。
 もっとも。
 真実はまた、別の側面も持っているわけだが。

「……なんで名前も所属もド忘れしてるくせに、こんなどーでもいいコトだけ覚えてんだ……?」

 まったく役に立たないことだけ思いだした自分を罵倒するのも空しくて、イェンは大げさに肩をすくめた。

「ま、いいか。損はねぇだろ」

 そのまま、流す。いちいち深く考えていては、身が持たない。
 目が覚めてから一時間も経たないうちに、イェンは身をもってそれを学んでいた。そんなことを気にしていては、まず自分に身に付いている常識と自分を取り巻く環境のギャップでつまずいてしまう。

「……これ以上、度肝を抜かれるよーなこともなさそうだしな……」

 シンマはなんのためらいもなく、イェンを自分のものだと言い切った。そのときは驚きすぎてその意味を深く追求することはできなかったが、なぜかその言葉に違和感を覚えることもなかった。
 たとえ常識からかけ離れていたとしても、自分の感覚がありえない事実を認めてしまった以上、それを疑う理由はどこにもない。だから、イェンはその状況を受け入れた。
 プラセージ家は名のある家であることだし、使用人として借金のカタにでも連れてこられたのかもしれない。そうだとすると、なぜアサシンになっているのかは疑問が残るところだが、やはり隠密行動が得意な部下のひとりやふたりは必要なのだろう。
 そう、思うことにした。

「そんなヤツにこんな立派な部屋くれちゃうわけだから、ホント金ってあるとこには腐るほどあんのな」
「おい、いつまでぼけっとしている」

 ぽつりと呟いた独り言に、甲高い声でまったく関係のない応答がある。
 またしても聞き覚えのない声に促されて、イェンは声が聞こえてきた方へと視線を向けた。

「……えーと……」

 そこには、一人の少女がいた。
 女性、と呼ぶにはまだ早い。どうひいき目に見ても、十四、五歳がいいところ。もしかしたら、もっと幼いかもしれない。
 否、ただの外見だけで判断するのであれば、おそらく十一、二歳がせいぜいだろう。だが、強い意志を感じさせる瞳、感情の動きを見事に押さえた言うなれば仏頂面、そして全身にまとった甲冑がなんとなくただの子どもだと断じるのをためらわせた。
 これは──おそらく。
 イェンは、またしても残された知識を探る。
 作りが小さいとはいえ、クルセイダーの甲冑。
 もっとも、それを身につけている少女自身には、まったく見覚えがなかったわけだが。

「……誰だっけ?」

 わからないのなら、仕方がない。
 開きっぱなしの窓に身体を預けたまま、イェンは首を傾げる。それを目にした少女は、小さくため息をついた。
 ……やはりか、とでも言いたげな風情だ。

「……マイアだ。マイア・プラセージ……本当に忘れているんだな」
「まぁね。……プラセージ? シンマの妹かなんか?」

 それにしては歳が離れているようにも見える。シンマは、どう見ても二十五歳は越えていそうだった。
 しかも、彼はすでに転生済みだ。実年齢はもっと高い可能性もある。

(腹違いの兄妹、とかかね)

 だが、そんなイェンの勝手な推測はあっさりと覆された。

「娘だ」

 当の本人が、表情を動かさないまま否定したからだ。

「娘!?」
「それも忘れたのか。見事だな」
「まあ、きれいさっぱり。……子持ちだったのか、あいつ」

 さすがに予想外だった。
 年齢を考えれば、子どものひとりやふたりいてもおかしくはない。だが、マイアはやや大きすぎやしないか。
 一体、シンマが何歳の時の子どもなのか?
 それよりなにより、子どもがいるということは、すなわちシンマは結婚しているということになる。

(うは。嫁っていうか、マイアの母親って誰だ!?)

 むしろ、そちらのほうが激しく疑問だった。
 なにしろ、イェンにはシンマに妻子がしっかり揃っている光景がまったく想像がつかなかったから。
 ……子どもは、目の前にいるとはいえ。

「おい、なにをぼんやりしている」

 ほんの少し呆れを含んだ声が、イェンの耳に飛び込んでくる。我に返って、イェンはもう一度小柄なクルセイダーを見下ろした。
 まさか、君の母親というかシンマの嫁について思案にくれていた、とも言えない。
 理由はわからなかったが、なんとなく。

「あー……ああ、ちょっと、な。世の中わからんなー、としみじみ……」

 ごまかすようにそう口にしたイェンを、マイアが冷めた目つきで見上げる。
 姿形はともかく、彼女が見せる表情や仕草は、どうしても年齢相応なものに見えなかった。

「馬鹿なことを言ってないで、さっさと来い」
「へ?」

 事態が把握できずに首を傾げるイェンを促すように、マイアがあごをしゃくる。

「父上がお呼びだ。案内する」
「……あ、うん。わかった」

 気のせいかもしれなかったが。
 イェンの背筋に、緊張が走った。



「…………」

 かなりの広さがある廊下に、二人分の足音だけが響く。
 なんとなく口をつぐんだまま、イェンは視線をさまよわせた。目に映るのは、華美ではないものの一目でわかる、洗練された内装。
 自分の部屋だと言われたあの場所がそうであったように、邸全体が上質で高貴な雰囲気を漂わせている。そして──微かに残る違和感。
 イェンに与えられたあの部屋よりはマシとはいえ、やはり邸全体から生活感のなさが感じられる。
 確かに、人間が住んでいるはずだ。少なくともこの邸の主であるシンマと、その娘であるマイアが。

(……それは、べつにおかしかねぇよな)

 二人とも几帳面かつ神経質そうだったから、掃除に格別気を遣っているのかもしれない。
 そう思えば、小綺麗すぎるのは納得もできる。結局、どうしてもひっかかるのは自分自身のことだ。

(どう考えても、場違いだっての)

 自分自身に関する記憶すらないのに、なぜそこまでの違和感を覚えるのか。
 知識、感覚として残っているらしい世間一般常識は、今のイェンにとっては貴重な判断基準だ。おそらく、それと真っ向からぶつかる事実だから、なのだろう。

(でも、ホントにあってるのかどうかわからん常識より、目の前の現実のほうが確かっちゃ確かだよなぁ……?)

 いろいろと信じがたいことではあるけれど。

「…………」

 ほんのわずか肩をすくめて、イェンは目の前を歩く小さなクルセイダーの背中を見つめた。
 道案内役のマイアは、あれ以来一言も言葉を口に乗せようとしていない。確信があるわけではないが、なぜかマイアが発する雰囲気から拒絶を感じた気がして、イェンもあえて話をしようとはしなかった。
 嫌われているわけではないとは思う、が。
 ただ、好かれているともあまり思えない。

「……おい」
「あ?」

 だから、歩みを止めることなく、こちらを見ようとしてもいないままとはいえ、マイアの方から声をかけてきたことにイェンは相当驚いた。
 あまりに驚きすぎてとっさに間の抜けた返事をしてしまったが、それでも表情には出さないよう努力はしてみる。ここで慌てふためくのも、なんだか格好が悪い。
 幸いマイアは、それに気づかなかったようだ。
 もしかしたら、気づいたところでどうだってよかっただけかもしれないが。

「おまえ、本当に何一つ覚えていないのか」
「いや、そんなこたねぇぞ。ここがプロなのもわかるし、一般社会常識はたぶんフツーに覚えてる」

 そうでなかったら、そもそも自分のことをすべて忘れたというのに、ここまで平然とはしていられなかっただろう。イェンは、そう思っている。
 それをマイアがどう受け取ったのかはわからない。
 だが、表情を少しも動かさないまま、なぜかマイアはぴたりと足を止めた。

「そうか」
「……マイア?」
「いや。だとするとこの先、おまえには試練が待ち受けているのかもな、と思っただけだ」
「へ?」

 なんだか、さらっと不吉なことを言われた気がする。
 この娘は記憶を失って右も左もわからないイェンを勇気づけようとしているのか、それとも逆によけい不安にさせようとしているのか。マイアに悪気があるとは思えないが、どうも素直に前者であると納得しきれない。
 それでも、変わらずの無表情で見上げてくるマイアに目線を合わすため、イェンは気づけばわずかに膝を折り曲げていた。

「なんだ。どうした」

 マイアの瞳に、少しだけ不思議そうな色が浮かぶ。そうしていると、少しだけ年相応にも見えた。

「や、ちょい待て。それ、どーゆー意味だ?」
「そのままだが」

 ……口にした言葉を耳にしなければ、だが。

「いやさ、試練っつーほどオレの周りってそんなややっこしいワケ?」
「おまえが持っているはずの常識から、外れている部分は多いと思うがな。大体、考えてもみろ」
「なにを?」
「父上に聞かされたおまえに関する事実の中で、驚かずにすんだことがひとつでもあるのか? イェン」
「……ねぇな」

 言われてみれば、その通りだった。
 どれもこれも常識から逸脱していて、それなのに疑うことすら出来ない。事実として受け入れるしかなくて、そして受け入れてしまえる自分にまた呆れる。
 ただ、それを繰り返しても未だにこうやって気楽に構えていられる自分自身を、イェンは今さらのように振り返ってみて。

「もしかしてオレ、かなりめでたい?」
「だな」

 つい漏れた呟きは、相変わらず感情の見えない平坦な声に同意された。



「父上、連れて参りました」

 マイアに連れて来られたのは、事前に言われていた通りシンマの部屋だった。
 ここも、広々とした室内に設えられた調度はどれも洗練された上品なものだ。さすがにイェンに割り当てられている部屋よりは生活している感があるものの、やはりどこか寒々しい印象がぬぐえない。
 このシンマの部屋に関しては、イェンにもなんとなくその理由がわかった。おそらくは、無駄なものがないからだ。
 ただの飾りかと思うようなものでも、よくよく観察すればそれは何かしらの意味を持っているように見える。無造作に置かれているものなど、なにひとつない。
 せめて壁に絵画のひとつでもあれば、少しは印象も変わるだろう。だが見事なまでに、そのような装飾は排除されていた。鏡すら、表にはない。ただ大きく開け放たれた窓にかけられたカーテンだけが、風に揺れている。
 とりあえず、自力で自室まで帰ることができるかどうか。その自信がまったくないというのが今、イェンにとっていちばんの問題だ。

「ご苦労様でした、マイア」
「はい」

 そんなイェンの心中をよそに、この邸の主とその娘が会話を交わしている。
 くつろいでいたソファから立ち上がったシンマは、先ほどと同じ穏やかな笑みを浮かべていた。

「どうですか? 少しは落ち着きましたか」
「あー……まー、テキトーに? みたいな。考えたってしょーがねえもんな、ないもんはねぇんだしさ」
「そうですか……」

 途端に、シンマの表情が沈む。それを目の当たりにして、イェンは慌てて重い空気をかき消すように両手を振ってみせた。

「いや、あんたがそんな顔しなくても」

 シンマがそういう沈んだ表情をしていると、なぜかイェンはいたたまれなくなる。
 驚くというわけでも、胸が痛むというわけでもなく、なんとも言いようのない居心地の悪さを感じる気がした。そんな表情をさせてしまったことへの罪悪感なのか、それとも単純な違和感なのか。
 あいにく、イェンにはそれを判別することができない。

「イェン、こちらへ」
「あ? ああ」

 そう口にしながらも、シンマは自らイェンの立っている部屋の出入り口付近へと近づいて来る。

「…………」

 その光景に、何か思うところがあったのかもしれない。すぐ隣にいたマイアの表情が、微妙に動いた。
 それも──また、イェンにとっては強烈な違和感で。

「マイア?」
「いや……なんでもない。気にするな」

 だがイェンがそう尋ねても、マイアは何も教えてはくれなかった。動いたように見えた表情も、いつの間にかすっかり元通りだ。
 イェンの呼びかけに首を横に振って答えたマイアは、まっすぐに父親であるシンマの顔を見上げる。

「……では、私は失礼します、父上」
「おやすみなさい、マイア」

 そして、そのまま振り返ることなく部屋を出ていった。
 そういえば、そうだ。マイアはそもそも、イェンをこの部屋へと案内するためにやってきたのだ。
 用事が済んだ以上、いつまでも残っているはずがない。

(当たり前、だよなぁ)

 わかっているのに、またしても違和感が残るのはどうしてなんだろう。

「イェン?」
「あ?」

 そんなことをぼんやりと考えていたせいかもしれない。気がつけば、シンマに心配そうな表情で顔を覗き込まれていた。

「もしかして、まだ具合が悪いのですか?」
「あ、いや、そーゆーワケじゃ……ないっつーか、いやでもそうなのか?」
「……大丈夫ですか?」

 軽い気持ちで首を傾げたイェンの額に、シンマが右手を当てる。しかも、真顔だ。どうやら、本気で心配しているようだった。

(やべ)

 どうやらシンマは、冗談の通じない性格のようだ。
 ……まあ、見ればわかるのだが。

「うーん、どーにもならねーんじゃね? 頭の調子、なんせ目が覚めたときから絶不調だしな。他は、ぼちぼち」

 とりあえず、誤解は解いておくに限る。イェンがそう説明すると、シンマの表情がやっと柔らかくなった。

「つまり、身体の調子は悪くない、ということでしょうか」
「あー、そっかも」
「それはよかった。さあ、奥へ」

 再び穏やかな笑みを浮かべて、シンマはイェンの肩にさりげなく手をかける。促されるままに足を動かそうとして──ふと、イェンの足が止まった。

「そーいや用事って何だ?」

 忘れるところだった。というかそもそも、自分は邸の主の部屋にこんな堂々といていいのか。
 そのあたりを確認しておこうと口を開きかけたときのことだ。

「用事、ですか」

 すぐ耳元で、囁くような声が聞こえる。
 シンマは、イェンよりも背が高い。身長差から考えればそんなところで声が聞こえるのもおかしなことではないが、やはりこの状況は普通ではなかった。

「おい?」

 なぜ、シンマに抱き込まれているのか。
 しかも、なぜシンマが耳元で囁いているのか。
 いろいろと、ありえない。
 あ然としている間にもシンマの唇が目元に触れ、そして頬へと滑っていく。
 これは──とりあえず、世間一般の主人と従者がやるべきことではないだろう。イェンに残っている知識が、そう告げている。
 ……別に嫌だというわけでも、拒否反応が出るわけでもなかったが。

「すべてを忘れてしまった貴方がどんな反応を示すのか、少し怖くもあるのですが……やっと私の元に戻ってきた貴方を、少しでも離しておきたくないのです。ただこうやって抱きしめているだけでは、物足りない。もっと、朝までずっと、貴方の全てを感じたいのですよ」

 さらに、どうやら勘違いでもないらしい。もし他の意味があるとするなら、今すぐに教えて欲しい。
 まさか、これで朝までカードゲームをする、などと言う展開にはならないだろう。

「……いや、あの? ちょっと待て?」

 金持ちの考えることは、まったくもってよくわからない。
 イェンの頭に浮かんだのは、そんな一文だった。

「どうしましたか」
「や、だから待てって。落ち着け。つーか、オレを落ち着かせろ」

 至近距離にあるシンマの顔を、はたして一体どうしたものか。
 しかもちょっと時間をくれとは思うものの、強固に拒否をしたい気分にはならない。これは一体、どういうことか。つまり、そういうことなのか。まあ、それはそれで事実として受け止めよう。確認はするとしても。
 ……とりあえず。
 次にぶつかったのは、もっと倫理的な問題だった。
 あくまでも、性別的なことではなく。

「あのな、シンマ。なんつーか、こんな体勢でナンだけど聞いていいか」
「はい?」

 抱き込まれた体勢のまま、それでも可能な限り距離を取って、イェンは先程から意味不明なことを口にしているハイプリーストを見上げる。
 実際はほとんど距離なんて取れてはいないのだが、気分的になんとかまともな話が出来る状況を作りたかった。

「ひとつ教えてくれ。あんたとオレって……あーと、そーゆー関係だったワケ?」
「当然でしょう」

 そして、意を決して問いかけた内容は、これまた見事なまでにあっさりと肯定された。頭の中で、いくつかの常識がぶつかりあう音が聞こえる。
 いろいろと深く考えないことにしていたイェンだったが、さすがに少し頭を抱えたい気分になってきた。両腕を拘束されているに等しいので、それも叶わなかったのだが。

「マジかよ」
「……やはり、それも忘れてしまったのですね」

 頭上から、寂しそうなシンマの声が降ってくる。だが、イェンが気になるのはそこではない。

「いや、忘れてるとかそーゆー問題じゃねえだろ」
「え?」

 少しだけ、シンマの声に不思議そうな色が加わった。顔が見えないのも居心地が悪いのでなんとか身動きを取ろうとするが、シンマの力は意外に強くてこれ以上はびくともしない。
 どう見ても知力特化型のハイプリーストに力で負けるとは、一体どれだけ非力なのか。

(後で、ちゃんと冒険者ライセンスカードを確認し直しとこ。そもそもレベルいくつなんだ、オレ)

 とりあえず、そう心の片隅で決心する。
 そして、結局そのままの体勢で口を開いた。

「いや……なんつーの? 男だろうと女だろうと、まあそれはどーでもよくてだな。さらに、愛人作るのはあんたの自由だ。でもな、浮気はヤバくね?」
「は?」
「やっぱ、そりゃマズイだろ。特に、人として」

 先ほどのマイアの様子が、イェンの脳裏に蘇る。
 まったく記憶はないが、マイアはかなり聡明そうな子どもだった。人を見る目があるかどうかはよくわからないが、おそらくこれは外れていない。
 あの時シンマを見上げたマイアの表情が、どうしてもイェンの中にこびりついて離れないままだ。
 もしかして、このことを知っていたからなのでは、ないだろうか。
 だから、精一杯の真面目な表情と声で、シンマをそう諭したはずなのに。

「あの……イェン? 何を言っているのですか?」

 返ってきたのは、まるでイェンの頭の中身を心配するような、そんな言葉だった。

「え。……違ったか?」

 毒気を抜かれたのか、少しだけシンマの腕の力が緩む。それを見逃すことなく、イェンはその隙に抱き込まれていた腕の中からすり抜けた。
 逃げ出されたことに、気づかないわけがない。だがシンマにとってイェンが叩きつけた言葉はかなり予想外だったらしく、困ったような表情で首を傾げている。

「そもそも、どこから浮気という単語が……?」
「だって、マイアってあんたの娘だろ? んでもって、娘がいるってことは当然、母親もいるんじゃねえの? つまり、あんたの嫁?」

 だから、逐一説明する羽目になったのだが。

「……はあ……」

 やっとそこでイェンの言いたいことを理解したのか、シンマが深い──おそらく、目が覚めてから初めて見る笑顔と哀しそうな顔以外の、なんとも言い難い表情で──ため息をついた。

「……あのですね、イェン。たしかにマイアは私の娘ですが、あの子は養女であって、血のつながった本当の子どもではありません」
「へ?」

 それは、かなり意外な事実で。
 なによりもシンマとマイアは、親子だといわれてすぐに信じられる程度には似ていた。シンマの髪は灰色、マイアの髪は燃えるような赤。髪の色こそは似通っていなかったけれども、深い青色の瞳はそっくりで、何よりもその瞳に宿った意志の強さが驚くほど似ている。
 瞬きだけは忘れていないものの、そのまま固まってしまったイェンの背中を、シンマはなだめるようにゆっくりと撫でた。

「あの子の本当の両親は、まだマイアが物心つく前に事故で亡くなったのです。その後、たまたま余裕のあった私が引き取っただけですよ。ですから、私は独身ですし、マイアに母親はいません」
「あ……ああ。そっか……そーだったんだ」

 マイアが小さい頃からずっと、シンマが親がわりとして育ててきたのだろう。なら、結果として伝えられた意志の強さが顔立ちに表れるのは納得できる。
 シンマが赤ん坊の世話をしている光景はどうしても想像できなかったが、子どもに幼少時からみっちりと教育を施している姿なら余裕で想像可能だった。
 ……そんなことに気を取られていたせいかもしれない。

「貴方が愛人だなんて、とんでもない。貴方は、私のただひとりの恋人です」
「……へ?」

 気づけばイェンはまた、ハイプリーストの法衣に身体を包まれていた。
 すぐ前にある胸を押してみても、やはりびくともしない。やはり、これは後で自分の力の強さを確認しておく必要があるだろう。
 ……もしかしたら。
 単に、抵抗する意思がないだけなのかもしれないが。
 それでも。

「……あのさ」
「はい?」
「もいっこ、聞いていいか?」
「どうぞ」

 一応、これだけは確認しておくことにした。
 あの時は、自分の常識の中だけで処理してしまった言葉。
 ちゃんと、意味を確かめるまではしなかった言葉。

「あんたがさっき言ってた『自分のもの』ってさ。聞き忘れてたんだけど、これもやっぱ、そーゆー意味?」
「もちろんです」
「……そー、でしたか」

 そして、またあっさりと肯定されて。
 それ以上言葉を継げなくなった唇を、シンマのそれが優しく塞ぐ。やはり抵抗する気も嫌悪感も浮かんでくることはなくて、イェンはそのまま目を閉じた。
 嫌ではないのなら、きっとこのままでいいのだろう。
 なぜそういう結論が出るのか、自分でもよくわからなかったけれど。
 背中に回された腕にこもる力が強くなる。歯列を割って入ってくる舌に応えるべきかどうか、今さらもうそんなことも考える必要もなかった。
 抱きすくめる力が強くなるたび、口内を蹂躙していく舌に息を継ぐことさえ忘れそうになるたび、全身から力が抜けていく。
 支えを、すがるものを求めて──イェンは、シンマの法衣をきつく握りしめた。



 カーテンが開け放たれた窓から、淡い月の光が差し込んでいる。室内に置かれた家具の輪郭が、ぼんやりと闇の中に浮かび上がっていた。
 物心ついてからずっと、それこそ何十年という間使ってきた部屋だ。ほんのわずかな明かりさえあれば、さすがに戸惑うことはない。
 音を立てないよう身を起こしてから、この邸の主──シンマはベッドの側に置かれていた部屋着に袖を通した。
 この部屋にしつらえられているベッドは、3人ほどが横になれそうな広さがある。そのベッドの一角を占領している人影を、シンマは笑みの消えた静かな目で見下ろした。
 うつぶせのまま、顔だけを横向けて眠る青年の顔は、この心許ない明かりの下で見ても十分にわかるほどには整っている。月明かりに照らされた亜麻色の長い三つ編みが、中途半端にほどけてシーツの上に散らばっている様は、シンマの予想以上に扇情的な光景だった。
 きつい深紅の瞳が閉ざされているせいか、印象は起きて動いているときよりも柔らかく、そして繊細になる。
 そもそも起きているときも、イェンは印象自体は繊細で華奢な青年だった。
 口さえ開かなければ、だが。

「まあ……見た目通りでは面白くありませんからね」

 もちろん、小声でそう囁いたシンマの声が、眠りについているイェンに届くはずもない。
 返事を聞くことはないまま、シンマは足音を忍ばせて隣の部屋へと続く扉を開ける。

「父上」

 明かりが灯された続きの間には、真夜中だというのにクルセイダーの鎧に身を包んだままの養い子がいた。
 そんな育ての娘の姿を目にしても、シンマは驚いた様子を見せない。マイアと似通った──強いて言うのなら娘のような仏頂面ではなく無表情のまま、書類の乗ったデスクへと歩みを進める。

「計画通りに進めて、よろしいのですか」

 無言のまま書類を手にしたシンマに、しばらくじっとその場に佇んでいたマイアが声をかけた。
 書類へと目線を落としたまま、シンマは表情を動かすことなく軽くうなずく。

「ええ、かまいません」
「……本当に?」

 様子を窺うような、マイアの声。そのあまり想定していなかった反応に、シンマは視線を上げた。
 念を押されるほどに今後大きな変更が必要になる出来事は、特になかったはずだ。
 確かに、今日はいろいろな出来事が起こった。個人的に想定外なことも、実際にはあったのだが。

「少しばかり予定外のことになっていますが、かまわないでしょう。考えようによっては、都合が良いと言えば良いのかもしれません」

 だが、それが大筋に影響することはない。
 それがシンマの判断だ。

「わかりました」
「イェンが動くのは、さすがにまだ無理でしょう。しばらくは貴方に外のことを任せます」
「はい」

 そう指示を出して、シンマはふたたび手にしていた書類に集中しようとした。もう、マイアに用事はない。
 マイアは、シンマの意図を汲むのが昔から上手だった。幼少時から、シンマの手で育てられたからかもしれない。
 だが、今日のマイアは違った。
 先ほども、シンマが促すまで部屋から出ようとはしていなかった。そして、今も話は終わっているのに、その場から動こうとしない。
 一体、どうしたのか。何か気になることでもあるのか。
 シンマがそう問いかけようとしたとき、マイアが意を決したように口を開いた。

「……イェンは?」

 しかも、尋ねられたのはまたしても予想外のことで。思わず作業の手を止めて、シンマは顔を上げる。
 改めて見据えたマイアの表情は、なにかを迷っているようにも見えた。

「あちらで寝ていますよ」
「そうですか」
「心配ですか?」

 本当に、そう感じたわけではない。ただ、ふと頭に浮かんだ言葉を、シンマはそのまま口に乗せてみる。
 途端に、マイアの表情が固まった。図星だったのか、予想もしていなかったのか。
 それは、シンマにもわからなかったけれど。

「……冗談じゃありません。なぜ、私があれのことを心配しないといけないのですか」
「さあ? それは、私にはわかりません」

 からかいを含んだ視線を向けると、マイアはふいと目線を逸らした。
 拗ねたような表情で、ほんの少しだけ口を尖らせている。それは、養い親であるシンマですらもめったに見ることのない、年齢相応の仕草だ。

「起きたときにまた見覚えのない部屋にいたら、今度は寝ぼけて窓から落ちたりしないかと思っただけです」
「彼なら、やりかねませんね」

 そっぽを向いたままの口早なマイアの呟きに、真顔でシンマがうなずく。

「落ちたところで、怪我ひとつないのでしょうけれど」

 そして、肩をすくめた。
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