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#硝子細工のジャングルジム 2

ゲーム花主(を目指したいものの花→←主の域を脱していないふたり)で11月。
11月のネタバレしまくりです。未クリアの方はご注意ください。

これの続き。





「お前、飯食った?」
「……どうだっけ」

階段を上がるのが面倒くさい、ただそれだけの理由で陽介を居間へと通す。
居間に足を踏み入れるなり尋ねられた問いかけには、あいにくあいまいな答えしか返せなかった。どうだったか、本当に覚えていない。
ただ、特に空腹だというわけではないから、きっとなにかを食べたのだと思う。そうでなければ、つじつまがあわないからだ。

「あー……」

着ていた上着から袖を抜きながらぐるりと周囲を見回していた陽介は、なぜか深いため息をついてからがっくりとうなだれる。

「どうした?」
「どーしたもこーしたも」

脱いだブルゾンをソファの上に放り投げると、陽介は力なく畳の上に座り込んだ。片手で苛立たしげに、自分の茶色い髪をかき混ぜている。
……あまり、陽介が見せることはない仕草な気がした。

「コーヒーと日本茶、どっちがいい?」

よほど、言いにくいことがあるのかもしれない。そう判断して、ひとまずなにか温かい飲み物を入れることにする。
ずっと外にいた陽介の身体は、普通に考えて冷え切っているはずだった。さっき触れた手はびっくりするほど熱かったが、もし風邪など引いて熱を出しているようならなおさらだ。

視線を下に向けると、あぐらをかいてうなだれている陽介のつむじがよく見える。
かき回されてぐしゃぐしゃになった髪の毛は、ワックスかなにかでちゃんとセットしてあるおかげか、微妙ではあるものの自然と元に戻りつつあった。その動きは、眺めていると少し面白い。

ちなみに、なんで俺が陽介のつむじを見下ろしながら突っ立っているかというと、返事がないからだ。陽介は無言のままだった。
悩んでいるなら、先に湯を沸かそうか。そのほうがいいかもしれない。
……と、思ったのに。

「うわっ?」

そう判断して台所へ足を向けようとした途端、力いっぱい引っ張られてがくりと身体が傾いだ。
勢いを殺すことが出来ないまま膝が折れ、その場に手をつくはめになる。一体、なにがどうしてこうなっているのか。
中途半端に座った状態のまま、呆然と目の前の男を見遣る。

左の手首が、熱い。

「いいから座れって」

俺の手首を掴んで、しかも引っ張って強引に座らせた──というか転ばせたのは、もちろん陽介だ。

「陽介?」
「コーヒーも茶もいらない。っていうか、欲しくなったら自分で勝手にやる。べつに入り浸ってたわけじゃないけどさ、けっこうここには遊びに来てるじゃん? それくらいなら、俺にだってできるんだぜ」

うつむいていた陽介が、顔を上げる。傷つけられた痛みを必死で堪えるような、でもこの上なく真剣な顔をしていた。

「…………陽介?」

ふざけているわけでも遊んでいるわけでもないことは、さすがにわかる。陽介は本当に本気だ。なのに、告げられた言葉の意味が理解出来ない。
陽介は、この家のどこにコーヒーや茶葉、カップがあるかを知っている。
だから、勝手にコーヒーや茶を入れるくらいは出来る。それは事実だ。だけど、それと今の状況がどう繋がるんだろう?

己の表情に、困惑がにじむのがわかった。どうすればいいのか、わからない。
俺の左手首を掴んで離そうとしない陽介の指に、さっきよりも力がこもる。
火傷しそうなほどに熱く感じるのに、なぜか心地よかった。

「お前、俺の世話してる場合じゃないだろ!?」
「……へ?」

なにを言われているのか、本当にわからない。
わからないから、ぽかんとするしかなかった。たぶん俺の顔は今、かつてないほど間抜けなことになっていると思う。

ここ最近いろいろあったこともあって、だいぶ許容量ギリギリ路線を突っ走っている自覚はあったけれど、一応それなりに思考はクリアだったはずだ。そうじゃなければ、天上楽土は乗り越えられなかった。
たしかに今、俺には他人の面倒を事細かに見ていられるほどの余裕はない。だけど陽介はべつに他人じゃないし、そもそも茶を淹れるくらいなら実際、風邪を引いて熱が出ていたって出来ることだ。
無茶をしているのなら、怒られてもしょうがない。でも、今は違う。
違うはずだ。そう主張したいのに、なぜか言葉を口に出せなかった。

陽介が、ますます泣きそうな顔になったからだ。

「勝手に押し掛けてきたヤツの世話なんか、する必要ないんだよ。それより、頼むから自分の面倒見てくれ。今日、一度も飯食ってないんだろ?」
「えー……、と」

言われた内容を理解するのに、少しだけ時間がかかった。まるで流れるような勢いで陽介が言葉を吐き出したから、脳内でばらばらに散らばったものを拾い集めて再構築する必要があったからだ。
改めて、考える。やはり、答えはさっきの通りだ。

「いや……そんなこと、ないと」
「んなワケない。俺の予想では、昨日の昼からなんにも食ってないはずだ」
「…………」

そんなはずないと思うのに、自信を持って否定出来ないことにまず驚いた。
なぜ否定出来ないのか。簡単だ、記憶に残っていないから。

「……あれ?」

どうして覚えていないのだろう。今日は日曜だし、一人分の食事を作るのも面倒だから朝昼兼用ですませようとした、そんなあたりかもしれない。人一倍ものぐさな自覚はあるから、そう考えるのがいちばん妥当な気がした。

「…………」

ただそうだとすると、ひとつ問題がある。
ちらりと時計を盗み見てみたところ、すでに時刻が昼の三時を示している、という動かし難い事実について、だ。

「ほら、食ってないだろ?」
「……えええ?」

そう、だっただろうか。もしかして、陽介の言うとおりなのか。

「でも、おかしくないか?」

それでも納得できなくて、俺はその謎を突き詰めることに本腰を入れることにした。中途半端この上なかった体勢をまずは正して、陽介の正面に座る。あぐらだけど。
不思議なことに真っ正面から見た陽介の顔は、俺以上に真面目だった。

「ぶっちゃけなんもかんもおかしいけど、お前はどこにこだわってんだ?」
「だって俺、お前も知ってのとおり相当食うよな?」
「そりゃーな。愛家のスペシャル肉丼、平気で完食できるヤツはそういねーし」
「そんなもんを軽く平らげた後に家で夕飯平気で食う奴が、土曜の昼からなにも食わないでいられると思うか? もう、日曜の昼過ぎだぞ。三時だぞ。ありえないだろ」

言われてみれば、昨日の夕飯も今日の朝飯も昼飯も食った記憶が欠片もないので、あまり大きなことは言えない。昨日の昼飯は、たしかだけど陽介とジュネスのフードコートでなにかを食った気がする。なにを食ったかは、じつは覚えていなかった。
俺自身ですらそんなあやふやな感じなのに、なぜか陽介はさっきから食っていないと断言している。俺はそこが不思議でならない。

断言出来るということは、動かぬ証拠でもあるんだろうか。我ながら心許ないので、あるなら見せてほしいかも、と少しだけ思う。
──ただ、やっぱり空腹感はまったく感じない。

「あのな」

そんなことを考えながら、俺はじっと陽介の瞳を見つめていたようだ。物心ついた頃から目力が強いとずっと言われ続けてきたから少しは遠慮しようかとも思ったけれど、相手が陽介だと思ったらやる気も失せた。こいつに、そんな遠慮はいらない。
俺にガン見されていた陽介は、特に居心地の悪そうな素振りも見せなかった。ほんの一瞬だけ目を伏せて呆れたようにため息をつくと、視線を上げる。

また、視線が合った。今度は陽介にしてはめずらしい、心の奥底まで見透かすような強い視線だ。
そして、またため息。先ほどよりも、大きな。

「はあ……そんなありえないことがここ何日か立て続けで起こってるくらい自分が参ってるってこと、お前、ホントにわかってる?」
「…………え」

目を、見開くしかなかった。
口から言葉も出てこない。目も口もぽかんと開けたまま立ちつくすって表現は、まさしく俺が遭遇してる状況を表すためにあるんじゃないかと思う。

「ああ、やっぱりわかってねーし」
 
陽介は、自分のほうが傷つけられたような顔をしていた。
ずっと掴まれたままだった左手首が、引っ張られる。つられて前へと傾いた上半身を包んだのは、陽介の右腕だ。
洗いざらしのシャツごしに、ぺたりと背中に当てられた手のひらが熱い。左の手首も熱い。あまりの熱さに、なにかが壊れてしまいそうだ。

──なのに、その熱さが心地いい。

「……俺が?」

問い返してみたら、優しく背中を撫でられた。
座っていたときに腕を引き寄せられ、前傾姿勢になった状態で背中にもう片方の腕を回されてしまった俺は今、かろうじて床についている膝と、額に当たっている陽介の肩に支えられている。なぜこんなバランスの悪い体勢になっているのか、それすらもわからない。

ただ、手首と背中と、額と。
三カ所から伝わってくる熱が、熱ではないなにかをもたらしてくる。
そんな、気がする。

「悲鳴を上げないワケがない。参らないワケがねーんだよ。堂島さんとホントの親子みたいに信頼しあってたのも知ってるし、菜々子ちゃんのことをホントの妹以上にかわいがってたことも知ってる。なのに堂島さんにはウソついてるって責められて、しかも大事にしてた菜々子ちゃんのこと攫われて、堂島さんまで大怪我して入院して、やっと菜々子ちゃん助け出したってのにいつまで経っても意識が戻らなくて、それなのにお前は毎日この家……堂島さんと菜々子ちゃんの思い出しかないこの家に帰らないといけなくて……そんなの、感情も感覚も麻痺しないほうがおかしいんだ」

顔は、見えなかった。俺の視界に入っているのは、陽介の足のみだ。
だから聞こえたのは、声だけ。陽介の声だけだ。
──まるで、泣いているみたいな声だった。

「泣いてるのか?」

肩に額を押しつけたまま、口を開く。
背中を撫でていてくれた手の動きが、ぴたりと止まった。そのまま、離れていく。
手が離れていってしまったことを、少しだけ物足りなく思った。びっくりするくらい熱かったからだろうか。
手首を掴んでいた手も離れて、俺の肩へと移動する。背中から遠ざかった手も、逆の肩に落ちていた。熱い手が戻ってきたことに、心のどこかが満足してる。

自分でも予想していなかった心の動きに注視しているうちに、伸びてきた二本の腕に両方の肩を軽く後ろに押されて、結局俺はまた床の上に座らされた。
でも、おかげで陽介の顔を見ることが出来た。陽介は、泣いていない。
なのに、泣きそうな顔をしている。そのことに、心のどこかが痛んだ。

拗ねていてもいい、怒っていてもいい、驚いているのは見ていて面白い。だけど、泣かないでほしい。
いつも笑っていろとは言わないけれども、出来れば笑っていてほしい。
そんなことを思うのは、なぜか。

自分の中で生まれた疑問の答えがどうしても見つからなくて、陽介の顔を見つめたまま首を傾げてみると、泣きそうだった陽介の顔がまた変わる。
泣きながら笑っているみたいな、そんな表情だった。

「バーカ、泣いてるのは俺じゃない。お前だよ」

かちり、と。
心の中で、なにかが音を立てる。それはたぶん、十一月頭のあの日から、ずっとズレてしまっていたなにか。

「……え」

気がついたら、視界がわずかににじんでいた。

「やっぱり」
「あ」

目尻から頬にかけて、冷たいものが伝う。
頬に触れた陽介の指が、こぼれおちたものを拭っていった。

「なにこれ」
「だから、泣いてんだろ」

泣くのは悲しいときか、嬉しいとき。大体、そんなものだったと思う。
そのはずなのに、どうして俺は今泣いているんだろう。菜々子は助け出したし、叔父さんだって怪我は酷かったけど命に別状はない。だから悲しくなんてない。
こうやって陽介が俺を気遣ってくれるのは嬉しいけれど、なにも泣くほどのことではないと思う。それなのに、なぜ?

「こんなときくらい、俺を頼ってくれよ」

そのとき、やっとわかった。
──ああ。俺は、寂しかったのか。

「…………う」

気づいてしまったら、我慢しているのが難しくなった。
寂しくて当たり前だ。稲羽に来てからずっと、俺はひとりでいることがなかった。
なぜ、今までそれをずっと押し込めていられたのか。……さっき陽介が言ったとおりなのかもしれない。
麻痺していたと、そういうことか。

「…………っ」

押し殺そうとしても、嗚咽が漏れる。泣いてるところなんて、本当は誰にも見せたくなんかない。
でも、今ここには陽介しかいないのだ。だから、その存在は歯止めになんて少しもならなかった。
だってこいつなら、俺がいくらみっともないところを見せたって、今さら態度を変えたりしないだろう。
大体、俺すら気づいていなかったことに陽介は気づいていた。気づいて、こうやってここまで来てくれた。
だから、取り繕う必要なんてどこにもない。

──でも、さすがに泣き顔を真っ正面から見られるのはちょっと勘弁したいわけで。
俺はうつむいたまま両手を伸ばして、陽介のシャツをひっつかむ。伸びたらごめんと、心の中で謝罪した。
そのまま、陽介の平らな胸に顔を埋める。顔も、どうしても漏れる嗚咽を隠すにも、これがいちばんだ。前に胸を貸したんだ、今回は俺に貸してくれ。

……陽介は、拒絶なんてしなかった。

「もう、我慢することないんだ。お前は、菜々子ちゃんを助け出した。だから、もう我慢する必要なんてねーよ」

片手が背中に回り、もう一方の手が俺の左手を握ったのがわかる。

「もっと早く気づいてやれなくて、ごめんな」

優しく背中を撫でてくれる手のひらが、温かい。陽介の心が、気遣いが、全身にゆっくりと染み込んでいく。
そのぬくもりを追いかけて──やっと、わかった。

俺の思考はあんなことがあってもやけにクリアだったけれど、そのかわり心が麻痺していたようだ。
想像なんてしたくもない最悪の事態から目を逸らしたくて、でも逸らしきれなくて、しょうがないから感覚と感情を凍らせたのだろうか。思いがけない喪失が重なったせいで臆病になりすぎていたそれらが表に出ていたままでは、菜々子を助けることなど出来ないと判断して。

……たぶん、その判断は間違っていなかった。だからこそ俺は今ここで菜々子の意識が戻るのを待ち、叔父さんの帰りを待つことが出来ている。
ただ、あまりに固く凍らせすぎたのか。まさか、日常生活に支障が出るほどになるとは思わなかった。
陽介が気づいてくれなかったら、俺は一体どうするつもりだったんだろう。
……もしかして、俺だけの力ではどうにもならなくなったら陽介がなんとかしてくれると、最初から楽観していたんだろうか?
自分のことながら、ないとは言い切れない。後始末を丸投げするとは、我ながらはた迷惑に過ぎる。

でも、しょうがなかったのかもしれない。
俺は決して、強い人間などではないのだから。

「大体、なんでずっと家の中にいたのにこんなに全身冷たいんだよ。特に、手」

呆れたように言われて、やっと自分の指先がありえないほど冷たくなっていたのだということに気づいた。
陽介の手がやたらと熱く感じたのは、そのせいか。陽介が熱を出していたわけじゃなくて、俺が冷え切っていたのか。
それは、盲点だった。なんでそんなことになっていたのかは、知らないが。
カーテンは開けっ放しだったけれど、ちゃんと窓は閉めていたはずだ。

「知るか、そんなの」

陽介の胸で泣き顔を隠したままの反論は、当然のことながらくぐもっていた。でも、陽介にはちゃんと通じたらしい。

「食ってないからに決まってんだろ。学年主席のくせに、なんでそんなカンタンなことがわかんねーんだよ」
「じゃあ食わせろよ」
「だから食わせにきたんじゃねーか。どーせなんもないと思って、いろいろ買ってきてあるっての」
「ん、もうちょっと待って」

このぬくもりを手放してしまうのが、どうしても惜しかった。
自分でやったこととはいえ、心を凍らせていた反動かもしれない。相棒の有り難みも心からは実感出来ていなかったんだろう。
こうしていると、ひとりじゃないんだと心から強く思える。
俺が日頃からどれだけ〝親友〟で〝相棒〟という存在に助けられているのか、きっと陽介はわかっていない。だから、あんなセリフを平気で言えるんだ。

「陽介」
「なに。やっと食う気になった?」

首を振って否定する。その前に、どうしても伝えておきたいことがあった。

「俺はいつだってお前をいちばん頼りにしてるよ、相棒」

たぶん、この世の誰よりも信じている。俺のことを誰よりも信じてくれているお前を、この世界でいちばん信じている。
壊れかけた俺の世界を修復してくれた陽介を、誰よりも大切に思っている。

陽介はなにも言わなかった。だけど。
両腕を使ってぎゅうっと俺の身体を抱きしめた陽介の耳が真っ赤になっていたから、言葉を返せなかったことは大目に見てやることにしよう。


菜々子の面会謝絶が解除されたのは、その翌日のことだった。


End.

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