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#泥酔・その後

これの後日談みたいな話。
読んでなくても話はたぶん通じます。室長の自覚のなさがひどい話です。

考えてもわからないことがあるのが、そもそも許しがたい。
許しがたいはずなのに、どういうわけかそれをそのまま放置している自分がいる。理由はもちろん、よくわからない。
――ただ、なんとなく、ではあるが。
おそらくは、この状況が口で言うほど不快ではないからなのだろう。否、不快どころか、そこはかとなく心地良い。
そして、今は「わからない」で済ませてしまっている部分を明確にしてしまうと、きっとその心地良さが遠ざかっていく。まるでノイズのように、余計なものだと頭が判断してしまう。
そうなることがなんとなくわかるから、そのままにし続ける。曖昧なまま、わからないままにしておく。
偶然の定義に疑いを抱くほどにしょっちゅうやってくる偶然は、いまだ順調に積み重なり続けている。偶然の結果の選択肢としていつの間にか増えていたその分岐も、いつしか片手の指では数え切れない回数たどることとなり、両手の指でも足りなくなる頃には数えることを止めた。
プラスばかりではないが、決してマイナスばかりというわけでもない。おそらくは、プラスのほうが多いのだろう。だからこそ、続けている。
そう、思っている。

――でも、もしかしたら。
単に、本気で解明するための手がかりの欠片すら、掴んでいないだけなのかもしれなかった。



「なんで、いるんですか」

今さらと言えば今さらな文句を口にすれば、まるで自室で過ごしてでもいるかのようにソファに埋もれて寛いでいた赤い頭が、もぞりと動いた。
こうやってその姿を目にする前から、ここに居座っていることには気づいていたのだ。それこそ、玄関に足を踏み入れる前から。
それでも踵を返すことはしなかったし、状況を把握していたから鍵を取り出すこともしなかった。すでに鍵は開いているのだから、わざわざ鍵など必要ない。寝るためだけにこの部屋へ戻ってきたので酒もつまみもなにも買ってきてはおらず、さらに部屋に備えてあるのはおそらくミネラルウォーターくらいだった気もするのだが、もし飲みたかったのなら勝手に何かしら持ち込んでいるだろう。
見る限り、その予測は外れていなかったようだ。モデルルームに近しい印象で生活感なく整えられていたはずのソファセットのローテーブルの上には、持参してきたらしいウイスキーのボトルと、どこから引っ張り出してきたのかロックグラスとアイスペールが置かれている。

(氷、あったのか)

作った記憶は、あまりない。冷凍庫の中にあったかどうかも覚えていない。どこかでロックアイスを買ってきたのかもしれないし、もしかしたらテーブルの上を勝手に荒らしている招かれざる客が自分で作ったのかもしれない。
さほどマメな印象はない男だが、自分の欲求を満たすためなら意外にも手間を惜しまないことを、宗像礼司は知っている。それはべつに、想像でも推測でもなんでもない。実際に目の当たりにもしたし、さらには我が身を持って経験もした。
水が冷凍庫の中で氷になるほど長い時間すでにここにいたのかという疑問は生じるが、我が物顔でソファを占領している男にそんなことを問うたところで意味はない。常日頃から苦手な我慢を否応なく強いられているせいか、それ以外に関してはいっそ見事なほど傲岸不遜かつ傍若無人に我が道を貫いている男、それが周防尊という存在だ。

「よお」

ソファの背に身体を預けたままこちらに向けられた金色の視線は、ちゃんと目覚めていた。すでに半分近く中身が減っているウイスキーのボトルを見る限り、惰眠を貪りにきたというよりは飲みにきたのだろう。
周防が勝手にこの部屋へと出入りするようになったのは、そこまで昔の話でもない。比較的、最近だ。
ちなみに、最初の最初から無理矢理押し入られたというわけではない。甚だ不本意ではあったが、宗像が自分自身で招き入れた。
さらに訪問回数が片手の指の数を越えた頃には、自ら部屋の合い鍵も渡している。もちろん、宗像が不在のときに部屋へ入ろうとして、玄関やベランダの鍵を壊されては困るからだ。部屋の中である程度は寛ぐことを前提としている以上、壁をぶち抜かれる心配はなさそうだったが、鍵の無事まではとても確約できそうにない。
幸いに、早々に合い鍵を用意したおかげなのか、今まで鍵を壊されたことはなかった。そのかわり、ほぼ週一に近いペースで宗像の都合などおかまいなしに勝手に上がり込まれる羽目に陥っている。
それにしても、たまにしかこの私室には戻ってこないというのに、まるで宗像のスケジュールを把握しているかのように狙い澄ましたタイミングで現れるのだから不思議なものだ。もしかしたら宗像が屯所内で過ごしているときにも勝手に出入りしているのかもしれないが、特に文句を言われたこともない。さらに、他人がいた痕跡が残っているのにそこに周防の姿が存在しなかったこともない。野生の本能でなにかを察しているとしか思えなかった。
横着せずに連絡をひとつ入れるだけで、足を向けてみたものの部屋の主が現れないというなんとも言いようのない現象は回避できるはずだ。だが、周防がその一手間を掛けることはない。わざわざそんなことをするなんて、宗像ですら思っていなかった。
そもそも、未だ連絡先の交換すらしていないのではあるが。

「遅かったじゃねぇか」
「今、なにかと忙しいんです。毎日が休みのあなたと違って、私には仕事がありますから」

すでに聞き慣れている周防の不満に、上着を脱ぎながらこれまた恒例と化している文言を返す。癖になっているのか、考えるまでもなく反射のように口を突いて出た、というのが正解だ。
めずらしいことに、さほど嫌味を言ってやりたいという気分でもなかった。招かざる客を歓迎するつもりもないが、なにがなんでも追い出してやろうという気にもならない。追い出そうとしたところで無駄な労力を使うだけだということを学習しただけなのかもしれない、という点についてはこの際無視する。

「それで、人の家へと勝手に入り込んでいた今日の理由はなんですか?」

聞かなくてもこの状況を見ればなんとなくわかりますが、とはあえて言わないでおいた。
横着をして、ソファの背に脱いだ上着を掛ける。ネクタイを緩めながら周防の斜め前に腰を落ち着けると、ソファのクッションが柔らかく全身を受け止めた。知らず、ほうっと吐息が漏れる。
忙しかった、というのは本当だ。この時期、目前に迫った世界的イベントのせいで浮かれるせいなのか、異能事件も増える。ひとつひとつの事件が小さかったとしても、数が多ければ自然と《セプター4》の出動回数は増え、提出される書類も山を為す。山になってしまえば処理しないわけにもいかず、部下たちの目を盗んで仕事をするのもなかなか大変なのだ。なぜそんな面倒なことをする必要があるのか、と問われれば、途方にくれたような顔をする部下たちの反応が面白いからとしか言いようがない。つまり、自業自得なこともよくわかっている。
幸いなことに、最もやっかいなEx-αクラスの蓋然性偏向能力者、法的には特異現象誘発能力保持者である人物が今日は大人しくしていてくれたため、現場に駆り出されることはなかった。それでなくても書類仕事が溜まっていたのでそれは助かったのだが、まさか宗像の私室に上がり込んで酒を飲んでいたから出てこなかっただけなのだろうか。

(なくはないな……だが)

今日は《吠舞羅》のクランズマンたちも特に通報されるような揉め事は起こしていなかったはずだから、偶然なのだとは思いたい。

「酒飲みに来た」

案の定、億劫そうに周防が口にした答えは、最初に予想した通りのものだった。

「わざわざボトルを持参してまで、ですか。この部屋になにもないことは、いい加減あなたも把握しているでしょうに」
「開いてないのがもう一本あるぜ。あと、氷も持ってきてやった」
「本当に、こういうときだけ用意周到ですね……」

ため息交じりにそう言えば、テーブルの上をグラスが滑ってくる。ちょうど宗像の目の前で動きを止めたと思えば、すぐに澄んだ音を立てて氷がその中に落とされた。
もちろん、宗像はなにもしていない。まったく予想していなかった光景が目の前で繰り広げられているのを目を瞬かせながら眺めていると、今度は琥珀色の液体がグラスの中にほどよく注がれた。
バーボンウイスキーのボトルを片手で掴んで傾けているのは、そのボトルを持ち込んだ張本人だ。彼の参謀がこの姿を見たら、目を丸くするのではなかろうか。

「……あなたのサービスがいいと、若干不気味なのですが」
「つまみはねえから、欲しけりゃ勝手にしろ」

驚愕が過ぎたせいでうっかり漏れた本音は、あっさりとスルーされた。言い様はひどかったが嫌味ではないと、本能で察したのだろう。
スルーされたことにやや機嫌が傾くのを感じつつも、ここでいちいち目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しい。なにを企んでいるのかは知らないが、周防が自ら酌をしてくれることなどめったにないことだ。かなりの珍事だ。
そこでまず第一に『なにかを企んでいる』という発想に至る自分自身にやや苦笑しつつ、供されたグラスに手を伸ばす。
つまみが欲しけりゃ勝手にしろとは言われたが、そもそもこの部屋にそんなものは用意されていない。周防が持ち込んでいないのなら、当然ないままだ。

(どうするかな)

アルコールを楽しむのに、つまみが必須というわけではない。なくても悪酔いするほうではないし、そもそも酒自体には強いほうだった。
とはいえ、今日はやや気疲れしている。勢いよくグラスを煽れば、アルコールがほどよく喉を灼いた。
その冷たさと熱さを堪能していたら、なんとなく口が寂しくなる。そのまま口がなにを求めているのか追求しかけて、ふと思い出した。

「ああ、そういえば」

手にしていたグラスをテーブルの上に戻してから、ソファの背に掛けっぱなしだった上着のポケットを探る。たしか、ここに入れたはずだ。

「あ?」
「貰い物のチョコレートがありました」

ポケットから引っ張り出したのは、小ぶりなチョコレート菓子のパッケージだった。
それこそ、どこででも売っているものだ。スーパーでもコンビニでも、もしかしたら駅の売店ででも買えるかもしれない。何の変哲もない、それゆえにバーボンウイスキーのつまみとしてはちょうどいい、偶然の産物だった。
外装フィルムを剥がし、箱を開ける。中からカラフルな包装紙に包まれたチョコレートの欠片をひとつつまみ出して、残りを箱ごとテーブルの中央に置いた。
それとほぼ同時に、周防が無言のまま手を伸ばす。外見に似合わず甘いものが嫌いではないらしい周防の指がチョコレートをつまみ上げ、器用に片手で包装を剥いでからイチゴ味のそれを口に放り込む光景を横目で眺めながら、宗像は気づかれないように笑いをかみ殺した。
……べつに、そんなギャップを目の当たりにして和むためにチョコレートの存在を思い出したわけではないのだが。
周防に食い尽くされる前にと、もうふたつほどチョコレートの欠片を拾い上げてグラスの横へと避難させてから、宗像はおもむろに話を元へ戻した。

「それで、なぜわざわざここに? 飲むだけなら、それこそあなたが根城にしているバーのほうがよほど快適でしょう」
「お前はあそこにはこねえだろ」
「当たり前じゃないですか」

草薙出雲が営んでいるバーHOMRAは、東京法務局戸籍課第四分室にも赤の王の属領としてきちんと登録されている。
その登録書類を受理したのは他でもない宗像自身であり、一二○協定に従えば青の王である宗像が赤の王の属領に無許可で足を踏み入れることは叶わない。
許可を取れば属領に入っても構わないのだろうが、あえて近づくつもりもなかった。《吠舞羅》の拠点に《セプター4》のトップがいる図など想像しただけで違和感がすさまじいし、そもそもとてもじゃないが寛げそうにない。寛げないバーへと足を向ける趣味は、あいにく宗像にはなかった。

「……ではなくて。どうせ外へ飲みに行けば、そこかしこで勝手に遭遇するじゃないですか」

周防がなぜあんなことを言い出したのか、それについて仮説すら立てられないまま、もう一度話を戻す。
グラスに口をつけながらの疑問には、比較的すぐに答えが返ってきた。

「外じゃないほうがいいってだけだ。ここなら他人の目もねえしな」
「確かに、ここにあなた以外の人が来ることはありませんね」

とはいえ、なぜ周防の中でそういう結論に行き着いたのかは、いまひとつわからない。
確かに、顔を合わせれば嫌味や罵倒が飛び交うことが多い関係上、あまり人が多いところではち合わせるのは望むところではなかった。いい気分で飲んでいる他の客の邪魔をしたいわけではないのだ。
とはいえ、互いに互いを前にするとそれがどんなにくだらないことだったとしても、自制が利かない。結果として、互いの競争心だか闘争心だかがエスカレートする前にどちらからともなく場所を移動することにはしていた。
――最近、その移動先にこの部屋が選ばれることが増えたのは間違いではないし、気のせいでもない。
基本的に、周防という人間は面倒くさがりでやる気が欠如している。単に途中で移動するのが面倒だから最初からここに来た、それが正解な気がしてきた。
それがどうして先刻のセリフに繋がるのかは、やはりよくわからない。宗像以外の人間が来ることがないのでゆっくり寝られる、そのあたりだろうか。
いや、そもそも宗像に用があるようなことを言っていたような気もするので、単にいろいろ溜まっているだけなのかもしれない。そんなものとは縁がないように見えはすれども、なんだかんだで周防は日々ストレスや鬱屈と戦っている。
身体の内からわき上がる王としての力がなによりも大きな原因である以上、どうしたって逃れられないものだ。

「まあ、なんとなくわかりました。とりあえず、発散したいということですか」

おそらく、これ以上聞いても求める答えは返ってこない。そう判断して、間違ってはいないだろう結論を自分で提示しておいた。
街中に呼び出されて喧嘩を吹っかけられるよりは、だいぶ平和的な発散方法だ。少なくとも、黄金の王と非時院に借りを作ることだけはない。
頭の片隅でつらつらとそんなことを考えながら、確保しておいたチョコレートに手を伸ばす。内側が銀色の包み紙を剥がしてから、指先でつまみ上げかけたときのことだ。

「それもなくはねえけど」
「はい?」
「もう一度、記憶吹っ飛ぶまで泥酔しねぇかなって」

グラスを空にした周防が、まるでなんでもないことのようにさらっとそんな言葉を口走ったのは。

「…………はい?」

チョコレートをつまみそこねたのは、どう考えても周防のせいだ。たぶん、動揺したわけではない。
本気で、理解不能だっただけだ。

「泥酔って、誰がですか」
「お前に決まってんだろ」
「あの、意味がわかりません」
「はあ? まんまじゃねえか」

会話自体は、よくあるものでもある。べつに驚くようなことではないし、今さらそんなことで気分を害したりはしない。
宗像の主張を周防が理解しないことは年中だし、逆もしかりだ。気が合わなすぎて互いの存在を欲することがあるタイミングすらズレていること多々だが、重なってはいなくとも双方拒否することはないのだからそれはそれでいいのだろう、たぶん。
だが、こうまで相手の言いたいことの意味がわからないというのはめずらしい。否、言葉の意味はわかるのだが、意図するところが理解不能だった。宗像が泥酔したところで、周防になんの得があるのかがさっぱりわからないのだ。
あいにく、記憶力は悪くない。客観的に見ても、かなりいいほうだ。
だからこそ、利点が見出せなかった。それこそ、なにひとつ。
周防が『もう一度』と言っていたとおり、過去に泥酔した事実はある。この周防との妙な関係に進展をもたらしてしまった、きっかけの日だ。
あの日になにが起こったかは、宗像も把握している。後悔も、特にはしていない。だが、自分自身がなにを思ってその結果に行き着いたのかは、未だに謎に包まれたままである。結局、事実確認はしたものの、過程に関しては周防に聞いてみることすらしなかった。
なのに、周防は宗像をもう一度泥酔させたいと言っている。それがきっかけで追加された関係は未だに続いているのだから、いちいち酔わせる必要などどこにもないはずだ。
大体あのとき、泥酔したあげくにその夜の記憶をすべてどこかに置き去りにしてきたことを知って、拗ねた様子を隠そうともしていなかったのはどこの誰だというのか。
間違いなく、今宗像の目の前でグラスを煽っている男だ。

「私が泥酔してまた記憶を飛ばしたら、あなたどう考えたってまた拗ねるじゃないですか」
「まあ、面白くはねえな」
「それでしたら、泥酔することを期待しないでください。そもそもあれはたまたまのことですし、あくまでも不可抗力であって私も記憶をなくしたいわけではないんです」

実際、あれ以来いくら酒を飲んでも記憶を飛ばしたことはない。そんな醜態をさらさないように気をつけていたのもあるし、あのとき周防が拗ねていたという事実もある。
 気にくわない相手ではあるが、それなりに同じ時間を過ごすことも増えた相手だ。自分も面白くないし周防も機嫌を損ねるのであれば、避けるに越したことはない。
なので、まさかその周防がもう一度その機会を狙っているとは思わなかったのだが。

「泥酔しないと言わねえだろ」

今夜の周防は、どういうわけかいつもよりだいぶ素直だった。
グラスの中身は、また目に見えて減っている。もともと強い酒をまるで水のように飲む男だが、今日は特にピッチが早いようだ。
宗像を泥酔させる前に周防が潰れそうな勢いな気もするが、いくら飲んだところでまったく酔わないこともよく知っている。最初から負けが確定していることに少しへそを曲げたくなるものの、こればかりは悔しがって勝負したところでまったく意味がないので、気にしないことにした。
それよりも、気になることがある。気がつけば氷しか残っていない周防のグラスに向かってウイスキーのボトルを傾けてやりながら、さりげなさを装って聞いてみることにした。

「なにをです?」
「本音」

結果、周防はまたしても問題発言をぶちかましてくれたわけだが。しかも、さらりと。
いっそ聞き流してしまいたかったが、しっかり聞こえてしまったのでそれも許されない。手にしていたボトルをそのまま周防の顔面に投げつけてやりたい衝動をなんとか抑えてから、宗像は口を開く。

「……あまり聞きたくはないのですが、私は前のときに一体なにを口走ったのでしょうか」

単純に考えれば、先刻周防がこぼしたとおり本音なのだろう。なにに対する本音かは不明だし、どちらかと言えば知りたくもないが、こんな風に突きつけられてしまえばさすがに向き合わざるをえない。
周防がそこまでこだわる以上、おそらくはこの男に関係することなのだろう。そこまではかろうじて推測できるのだが、その先がさっぱりだ。いちばん確率が高そうなのは悪口雑言を垂れ流していたというあたりなのだが、もしそうだったのだとしたらなにもわざわざもう一度聞きたがったりするはずがない。
だとすれば、どういったことか。せめてヒントくらいは欲しかったのだが。

「…………」
「周防?」

どういうわけか、周防は思いっきり顔をしかめた。常日頃から迫力のある顔つきをしているのに、ますます凶悪なことになっている。
そんな顔をされても宗像が今さら引いたり気後れしたりすることはないが、なぜ機嫌が急降下したのかは少しだけ気になった。首を傾げて先を促すと、周防が小さく舌打ちする。
みるみるうちに減っていくグラスの中身が、若干哀れだ。

「それ、俺が言うとでも思ったのか?」
「それもそうでした」

よく考えたら、酔い潰れさせてでも宗像にもう一度本音を言わせたいと思っている男が、それをわざわざ教えてくれるわけもなかった。
理由や事情はよくわからないが、宗像の口から聞きたい言葉なのだろう。ますます、予測がつかなくなっていく気がする。

「ですが、もう泥酔は願い下げですよ」

とりあえず酒に酔うのはともかく、記憶をなくすのは勘弁だ。なぜあのときそこまで酔ってしまったのかも未だ不明なままだが、気をつけていればああはならないこともわかってきた。
なのでこの先、周防の目論見が成就することはおそらくない。もっと他の方法を模索しなさいと、そう口を開きかけたときだ。

「なら、素面のままでいいから、言えよ」

グラスのふちに歯を立てながら、周防が主張した。聞いたほうが、思わず耳を疑うようなことを。
宗像も、例外ではない。さすがに、そんなことを要求されるとは思っていなかった。
――もっとも、周防が宗像に対して遠慮をしてきたことなど一度もない。いつだって自分勝手で、好きなことしかやろうとしない男である。
そして、嘘も吐かない。

「念のために聞きますが、なにをですか」
「本音」
「だから、なんの」
「……なんで、受け入れた?」

それは、今さらと言えば今さらな問いだった。
さらに言えば、どれについてなのかの言及すらない。言わなくても通じると思っているのなら業腹だが、なんとなくわかってしまうのも確かなのでなんとも言い難かった。
きっかけこそ記憶にないが、あれ以来ずっと続いている関係を拒否しなかったのは他でもない宗像だ。特に私物もなく隠す必要もないが誰も気に留めることもない寮の私室とは違い、自分以外の他人を招き入れるつもりはまったくなかったこの部屋に周防を入れたのも宗像自身だ。部屋についても最初こそどさくさに紛れてのようなものだったが、そのことに関しての後悔はない。来るときは連絡ぐらいよこせとは思うものの、周防にそんな普通のことを要求することの無意味さも身をもって知っている。
本来、宗像の性格からすればそれらは許容できるものではない。細かいことにそこまでこだわらないほうだが、己の領域に無遠慮に足を踏み込まれて黙って受け入れる性質はしていない。
なのに、なぜ周防を受け入れたのか。
徹底的に気は合わないし、顔を合わせれば考えるよりも先に罵倒が口を突いて出るし、実力行使でやり合うこともしょっちゅうだというのに、隣の席で酒を飲み交わしときには肌を合わせ、こうやって他の誰も知らない私室で向かい合うことすらあるのはどうしてか。

「まあ……おそらく、ですが」

何度か、考えを巡らせたことはある。だが、答えを探そうとしたことはなかった。
もしかして、酔って正体をなくした自分は、それに対しての答えを知っていたのだろうか。それはまだ、周防との関係がここまで深まる前のことだったはずなのに、だ。
それが、周防が欲しがった本音、なのだろうか。
――なぜ、そんな本音を宗像の口から聞きたいのか、それがまた疑問ではあるのだが。

「あなたに対して、ある程度の興味があるからではないでしょうか?」

それが、正解なのかどうかはわからない。だが、そういうことのような気がした。
そもそも興味を抱かなければ、運の悪い偶然の結果とはいえ酒の席を共にすることすらなかっただろう。いくら席を譲ることが負けに繋がるからといっても、本気で忌避したい相手であればそんな意地は張ったりしない。意地を張ることすら、きっとしないだろう。
宗像にはそれまで、嫌いだと断言できる相手などいなかった。そういう意味では、周防が初めてだった。
どうでもいい相手であれば、忌避したいような相手であれば、最初から嫌いになどならない。笑顔で存在をなかったことにするだけだ。
それが、できなかった。否、もしかしたら、したくはなかった。
それ故に、『嫌い』なのだ。公私共に無視することなどできない、興味を示すしかない存在だから。
たとえどうしようもないほど腹が立ったとしても、この世界にほんの数人しか存在しない、対等でいられる相手だから。

「なんで疑問系なんだよ」
「断言するほどかと言われると少々……ああ、でも」

ふと思い立って、手を伸ばす。
前触れもなく突然顔へと近づいてきた白い手に、周防は特に反応は見せなかった。害意はない、そう判断したのかもしれない。
避けられないのをいいことに、頬に触れる。いつもどおりに高い体温が、手のひらからじわりと伝わってきた。
そう、これだ。いつの間にかこうやって、殴るためではなく感じるために触れることにすら躊躇がなくなった、そのいちばん大きな理由は。

「お前の熱は、悪くないな」

認めるのもしゃくだが、それこそが今の宗像にとっての嘘偽りない本音のように思えた。
日頃はまるで怠惰な百獣の王のような風情の周防の視線が、まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のような執着と積極性を隠そうともせずに追ってくるのを感じるのは、意外と悪くない。
実際、周防にとっての宗像とは、そのようなものだろう。自分の思い通りには動かない、それでいて無視することもない、なにをしようが同じ力でやり返そうとしてくる、そういった存在が珍しいのだ。そう、理解していた。
周防の世界にそういった属性を持つ生き物は今まで存在せず、だからたまたま目の前に現れた宗像に飽きることがない。
それに、周防にとって宗像は、今はまだ失うわけにいかないパーツのはずだ。周防が、周防自身の衝動に、周防の大切な者を巻き込んでしまわないためには。
周りに集う大切なものたちを滅ぼすくらいなら、自分自身を摩滅させ、朽ちる。こんな顔をして、自分勝手に生きているようで、周防尊という王は彼なりに精一杯自分自身を律している。それが自身の性質とは正反対の資質を要する行為で、向いていないことをし続ける努力を強いられるのだとしても。
宗像が周防に向かって口うるさく王の在り方について説くのは、この男に死んで欲しくないからだ。今、本音を問われて、やっとその感情にたどり着いた。
宗像自身が、失いたくないと思っている。気にくわないし意見は合わないし、いけ好かないし顔を見るだけで心がかき乱される、自分が好む要素からはかけ離れた相手なのに、それでも。

(まあ、仕方がないな)

同じ場所に立っている、向かい合っていられる相手から打てば響くような反応が返ってくることの楽しさと満足感を、宗像は周防に会うまで知らなかった。
きっと、そのせいなのだろう。
楽しいから――仕方がないのだ。

「はっ」

耳に飛び込んできたどこか楽しげな笑い声に、ふと顔を上げる。思考の海に沈んでいたせいで、周りへと意識を払うのを完全に忘れていた。
すぐそこにある周防の顔は、聞こえてきた声と同じく楽しそうに見える。

「そりゃ、お前にしちゃ上出来な殺し文句だな」
「は?」

……よくわからないが、周防の顔がなぜこんなに近くにあるのだろうか?
少なくとも、つい先刻までは腕を伸ばさなければ頬に触れない程度には距離が開いていたはずだ。それが、いつの間にか至近距離にある。それこそ、吐息が感じられるほど、近くに。
頬を包み込んでいたはずの手は、気づけば周防の手に捕まえられていた。油断も隙もない。
じわりと体重をかけられて、身体がソファに沈んでいくのがわかった。

「おい、なんでそうなる!?」
「殺し文句だって言ったろ」

だからと言って、いきなりこの展開は予想外だ。
まったくもって、よくわからない。わからないが、周防の機嫌が一気に良くなったのは伝わってくる。
だとすれば、さほど問題があるわけでもなかった。この部屋で周防の気配を察したときに、最終的にこうなるだろうことは予測していたのだ。
ただ、そこに行き着くまでの過程がまったく違っていただけで。

「待て、しわがつく」
「じゃあ、さっさと脱げ」

相変わらず、雰囲気もなにもあったものではない。脱ぐもなにも、がっちりと手を戒めているのは誰だと文句を言いかけた口は、あっさりとアルコールに濡れた唇に塞がれた。
性急に舌を絡めとられて、今は文句を口にすることをあきらめる。捉えられた手首を振り解いて、頭を抱くように腕を回した。言いたいことは、後回しだ。
――それに。
こうやって与えられる熱に流されるのは、やはりそう悪い気分でもなかった。
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