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#真夏の夜の

尊さんの誕生日を祝いたかった話。
サルベージ忘れてたやつです。



ゆっくりと近づいてくる気配に、バーのカウンターをひとりで陣取っていた宗像礼司はぴくりと片眉を上げた。

「……おや」

べつに、気づきたかったわけではない。あの気配はとにかく自己主張が激しくて、無視したくてもできないだけだ。
気づいてしまえば、どうしたって意識を持っていかれる。まったくもって、度し難い。

(まったく……今夜は外を出歩かないと思っていたのに)

表情には出さないまま、心の中で舌打ちする。こうなってしまえば、もう数分先の未来は見えたようなものだ。
どういうわけか、こういう結果になるらしい。頭の片隅に一応存在はしていた可能性なのだが、まず最初に削除していた。それ程に、確率としては低いはずだったのだ。

なのに、いちばん低かったその可能性が実現してしまっている。まったくもって、意味がわからない。赤のクランの連中は一体なにをしているのかと、つい八つ当たりをしてしまいたくなるくらいだ。
それとも、早々に解散となったのだろうか。あのクランには、未成年どころか本来であれば未だ義務教育中であるはずの少女がいる。他の連中がいつまでも騒いでいたら彼女も大人しく部屋に戻れない気はするので、そうなることを懸念した保護者がそう取りはからった可能性は高かった。

「失念していましたね」

そういえば、彼はあのクランの中では比較的、良識的なほうだった。少なくとも彼が戴く王よりは、はるかに。
――それはともかく、だ。
向こうもこちらの存在には気づいているだろうに、そんなことはお構いなしに気配は近づいてくる。
気配を察知して、見たくもない顔を見ないですむように、はち合わせずともすむように行き先を変える、という選択肢を選んでくれるような相手ではない。宗像の中にもそんな選択肢は最初からないので、あり得ない奇跡を期待するのは無駄だというものだ。
さらに、徹底的に気は合わないが、なぜか酒の趣味とそれを供してくれる店の好みは似通っている。つまり、気に入った店ほど鉢合わせる確率が高い。それはもう、尋常ではないほどに。
そしてこの店は、ここ数カ月で宗像がいちばん気に入っている店だ。つまり――結果はもう、見えている。

そうである以上、あと数十秒もすれば姿を現すだろう。いつも通り姿勢悪く背を丸めて、ジーンズのポケットに手を突っ込んだままという出で立ちで。見てきたかのように想像できるのが、どうにも腹立たしい。
あの男の塒であるバーで開かれていたであろうパーティーからこっそり抜け出してきたのか、それとも解散となったからふらりと出てきたのかは、宗像の知るところではない。ただ、ここに至る過程が脳裏に浮かんでしまう以上、無視するのも難しかった。
……やたらといい記憶力が、どうしても忘れることを許してくれなかったのだ。小さくため息を吐いてから、宗像は顔を上げた。距離にしてほんのわずか、抑え目の声でも十分に届く位置でグラスを磨いていたバーテンに声を掛ける。

「すみません、オーダーを」
「はい、何にいたしましょう?」
「ワイルドターキー十三年のダブルを、これから来る客に」

にこりと非の打ち所のない笑みを浮かべれば、バーテンはせわしなく何度も目を瞬かせた。

「これから……ですか?」
「ええ。これから、です」

唐突なことを言い出した自覚はある。口に出した以上、撤回するつもりも特にない。
べつに悪いことをしようとしているわけでもないので、少しくらいこの人の良さそうなバーテンを困惑させてもバチは当たらないはずだ。そのまま、笑みを深くした。

「……っ」

なぜかバーテンの視線がほんの一瞬、不規則に泳ぐ。予想外の反応に、宗像はぱちりと目を瞬かせた。
都合の悪いことを言われた、という感じではない。どちらかといえば、自分でも理由がわからない動揺をなんとか抑えたい、といった風に見える。
さらによくよく観察してみれば、髪の隙間から見えている耳がほんのりと赤く色づいていた。暑いのだろうか。
……今は真夏、八月のまっただ中なのだから、暑くてもおかしくはない。しかも、カウンターの中は料理のために火も使っている。カウンターのこちら側とは、気温も若干違うだろう。
己の中で納得できる答えを見つけてから、宗像はもう一度バーテンに微笑みかけた。

「駄目でしょうか?」
「い、いえ、とんでもございません。確かに承りました」
「では、よろしくお願いします」

そそくさと準備を始めるバーテンを満足げに見遣ってから、グラスを口に運ぶ。
鈍い音を響かせながら店の外へと続く扉が開いたのは、その直後だった。



足が向いた先にはいつも通り、気にくわない男がいた。
気にくわないのだから顔を見ることになる前に回れ右をすればよさそうなものだが、周防尊がそれを実践したことはない。する気もない。
共通点などほとんどないが負けず嫌いなところだけは似ているのか、相手も周防のことを嫌っているくせに逃げようとしたことは一度もなかった。おそらくは『逃げた』と思われるのがしゃくなのだろう。なまじそうしてしまう気持ちが予測できるだけに、よけい腹立たしい。

「……またかよ」
「どうせ店に入る前から、私がここにいることはわかっていたのでしょう?」

扉の先に広がっていた空間は、落ち着いた雰囲気に包まれている。このバーの常連たちはカウンター席を好む者が少ないらしく、大体いつ来てもカウンターは周防が独占できていた。
だからこそ気に入ってもいたのだが、今日に限って先客がいる。それも、よりによってできれば遭遇などしたくないのにしょっちゅう偶然かち合う《青の王》宗像礼司が、涼しい顔でグラスを傾けていた。

周防が来ることは、宗像も気づいていたのだろう。口であっさりとそう切って捨てながら、視線すら寄越そうとしない。
……なんとなく、苛立たしさが増した。

「……チッ」

あからさまに舌打ちしてから、宗像の隣のスツールへと乱暴に腰を下ろす。最初の頃はひとつかふたつ程度は席が空いていた気もするが、最近はもうそんな面倒なこともしなくなった。はち合わせた店が混み合っていて、空席を挟んでおけるほど余裕がなくなるという事態によく陥った結果、互いに自然と無駄を省くようになっただけだ。
――今この店のカウンターには周防と宗像しかいないので、なにもわざわざ隣り合って座ることもないという事実には気づかない。正確には、そこまで意識が向かなかった。
それより、もっと不可解なことが周防の目の前で起こったからだ。

「こちらをどうぞ」
「……あ?」

澄んだ音を立てて、グラスが目の前に置かれる。ロック、おそらくはバーボンのダブル。
間違いなく、周防が好む酒だ。オーダーを考えるのが面倒なときは、まずそれが口をついて出る。
だが、しかし。

「まだなにも頼んでねぇぞ」

周防は今、店に入ってきたばかりだ。しかも入店早々に宗像へといちゃもんをつけたため、カウンター内のバーテンとは未だに一言も話していない。もちろん、オーダーもしていない。そして、ここへ来たのは数回目とはいえ、なにも言わずともオーダーが通るほどには馴染んでいないはずだった。
不審さに、周防の眉が寄る。目つきが悪いせいでかなりの迫力をかもし出すことになったが、バーテンはそれを目の当たりにしてもあからさまに動揺したりはしなかった。

「お隣のお客様から承りました」
「……はぁ?」

それどころか、にこにこと笑みをたたえている。なんだか、上機嫌だ。
……様々な意味で、意味がわからない。

「……てめぇが?」
「たまにはいいでしょう」
「なにがだ」

宗像に事の次第を問い質そうとしてみても、しれっとした顔ではぐらかされる。はぐらかすつもりはないのかもしれないが、ちゃんと説明する気もないのは明らかだ。
奢られることに抵抗があるわけではない。だが、宗像が今までこんなことをしたことはなかった。
そう思えば、やけに引っかかる。気に触る、と言い換えてもいいかもしれない。自然と、周防からとげとげしいオーラが放たれる。
だが、そのような迫力など隣の男には通用しないのだ。

「では、私はこれで失礼します」

説明するどころか、宗像はさっさと手にしていたグラスを空にして席を立ってしまう。
店を、出て行こうとしている。周防にも、それはわかった。
そして、それを理解した次の瞬間。

「おい」
周防は、歩き出そうとした宗像の左腕をとっさに掴んでいた。
この男相手に手加減する必要は、どこにもない。力一杯掴んで、引き止める。

「……なんですか、一体。相変わらず野蛮ですね」

行動を止められたせいか、不機嫌そうに眉根を寄せた宗像が周防を見下ろしていた。
――もちろん、周防も宗像に負けないくらい、不機嫌だったのだが。

「てめぇ、なんのつもりだ」
「なんのつもりって……今日はあなたの誕生日だったはずでしょう? そのお祝いです。たまたま、覚えていたものですから」
「そうじゃねえ」
「では、なんなんです?」

誕生日の祝いに、酒を一杯奢ってやる気になった。それは、いい。
己の誕生日に思い入れなどないが、タダ酒を遠慮するほど上品な人間でもないが、忌避するほど後ろ暗い人生を送っているわけでもない。酒ごときでなにかを失敗するつもりも、ない。
そんなものは、どうでもいい。
今、周防を突き動かしているどうしようもない衝動の原因は、それではない。

「なんで、出ていこうとしてんだ」
「愚問としか言いようがないのですが……人の顔を見るたびに不愉快だからさっさとどこかへ行けと言っていたのは、他でもないあなたではありませんでしたか? 周防」
「…………」

確かに、それは間違いではない。宗像の勘違いでもない。お互いにバーやその他の店ではち合わせるたびに、そんなことを口にして罵倒し合っていた。
今も、そうである。こんな陰険眼鏡と隣り合わせて酒を飲むなど、願い下げだ。しかも自分ではアンナに言われて思い出すまで完全に忘れてたとはいえ、己の誕生日に。

「私にとってはどうでもいいことですが、あなたにとっては年に一度しかない記念日です。あなたのことですから誕生日に意味など見出してはいないでしょうし、どうせクランズマンたちに祝ってもらうまで忘れていたのでしょうが、それでも記念日には変わりありません。ですから、あなたのことはどうでもいいですがあなたの誕生日を心から祝おうとしていた方々に敬意を表して、今日くらいは譲って差し上げようとしただけです」
「……そうかよ」
「それなのに、どうして当のあなたに引き止められているんです? 腕を放しなさい、周防」

なのに、どうしてだろう。掴んだ腕を放してやる気が、己の中のどこにもないのは。
こうやって顔を合わせたのに、自分とぶつかることなくこの男が立ち去ろうとしているその事実が、このやけに綺麗に整った胸くそ悪い顔を眺めながら酒を飲む苦行よりも腹立たしく感じられるのは。

「断る」
「どういうことですか。あなたにとって不利益はないはずでしょう?」
「そんなもん、どうでもいい」

不利益は、ないはずだ。ないはずだった。
それなのに、心のどこかが盛大に不満を訴える。この男の背中など、見たくない。
常に、己の正面に。その場所に、いるべきだと。

「ただ、気にくわねぇんだよ」
「なにがですか……」
「いいから、座れ」

カウンターなのだから座るにしても正面というわけにもいかないのだが、とにかく今この場から宗像の姿が消えるよりは、百倍マシな気がした。
理由なんて、わからない。そんなものは、どちらかといえば知りたくもない。
説明する気も、ない。それらを言葉にすることすら放棄して、周防は手のひらに力を込める。

「……しょうがないですね」

周防のまったく筋の通らない我が儘を受け入れる気になったのか、それとも宗像の話など聞く耳持たずで己の要求しか主張しない男の相手をするのが面倒になったのか。
店を出るための用意をあきらめたらしい宗像が、先ほど立ち上がったばかりのスツールにふたたび腰を下ろした。
そうしてから、ため息をひとつ。肩をすくめながら、目の前で繰り広げられている珍事に目を白黒させているバーテンへと声を掛ける。

「気を利かせたつもりが引き止められてしまいましたので、私にも同じものを」
「あ……か、かしこまりました」

あわてて新しいグラスを手に取るバーテンに小さく笑みを見せてから、宗像は己の左腕を見下ろした。その顔にはもう、笑みはない。
周防に、刺すような視線を向けている。

「ところで、いつまで腕を掴んだままでいるつもりです?」
「さぁな。俺の勝手だろ」
「邪魔なんですよ……」

表情を歪ませて、宗像が悪態を吐いた。取り澄ました顔より、こうやって周防に対してだけ動く表情を眺めていたほうが胸がすく。
それは愉快、なのか。満足なのか。それとも、歪んだ独占欲なのか。
追求するつもりはなかったが、打ち棄てるつもりもどこにもない。
どちらにしろ、周防にしばらくその手を放してやるつもりは、なかった。


その夜、カウンター席に近寄る第三者は、その場を動きたくても動けない哀れなバーテン以外に存在しなかったという。

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