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#平穏な一日

大正メビウスライン、千家さんの誕生日を祝いたかった小噺。
まあ、また遅刻だったわけですが(しかも今頃サルベージ)。

備忘録の後、朽ちゆく花の前という感じかと思います。




ごく普通の、いつもとなんら変わらない日だった。

「伊織、朝ですよ。そろそろ起きてください」

聞き慣れた京一郎の声が、耳朶をくすぐる。声が促すままぼんやりとまぶたを上げれば、そこにはやはり見慣れた京一郎の顔があった。目を開ける前からそこにいることはわかっていたとはいえ、それでも心が安堵を覚える。自然と、笑みが浮かんだ。

柊京一郎は、千家伊織が唯一、欲する存在だ。駒として、手足として、呪詛を軽減するため、そして天命を全うするために、などと様々な口実をつけてはみても、結局は千家自身が柊京一郎という存在をこれ以上ないほど強く求めている、それに尽きる。
京一郎がすぐ側にいるから、千家伊織は生きている。生を、実感することが出来る。己にかけられた呪詛によって家族を失ってからずっと見失っていたそれを思い出させたのは、他でもない京一郎だ。
千家がそれを口にすることはないが、おそらくは京一郎も真意に気づいてはいるのだろう。だからこそ、口では何だかんだ言いながらも、千家には甘い。

今朝も、基本的に寝起きのよろしくない千家を起こすために、根気よく付き合うつもりでいるのだろう。千家の顔を覗き込む京一郎自身は、もうすでに軍服に身を包み、支度を完全に整えている。

「……ああ、おはよう」

そのことに口元を緩めながら、千家は寝台から身体を起こした。
今日の寝覚めは、悪くない。内容は覚えていないが、そういえば夢見も悪くなかった。
一度京一郎に声を掛けられただけで起きる気になったのは、だからなのかもしれない。

「おはようございます。めずらしいですね、愚図らないなんて」

小さな欠伸を溢す千家に軍服の襯衣を着せかけながら、京一郎が不思議そうに首を傾げた。
もっと手こずると、そう覚悟していたのだろう。千家ですらこんなに寝覚めがいいのは久しぶりな気がするのだから、毎朝寝台から千家を引きずり出すのに苦労している京一郎にしてみれば、青天の霹靂にも等しいに違いない。
ただ、今朝は本当に気分が良かったので。

「今朝は、気分がいい」

素直にそう告げれば、軍服の長い上着を革帯で止めようとしていた京一郎が、ぱちりと目を瞬かせた。
それでも、千家の世話を焼く手が止まることはない。着替えさせた千家を椅子に座らせると、今度は櫛を手に取る。

「そうですか」

昨夜、何度も千家が味わった唇が紡ぐ言葉は、これ以上ないくらいに素っ気ない。
それでも、丁寧に千家の髪を梳く京一郎の手つきはいつも以上に優しかったし、どこか嬉しそうにも感じられた。



ごく普通に、それでもいつもよりほんの少しだけ気分良く始まった一日は、ごく普通に終わろうとしていた。

戦況は、苛烈になる一方だ。今の帝国軍が術式作戦を主軸としている以上、千家と京一郎が為さねばならないことは山のようにある。いつも通り、おそらくは激務と称して差し支えないだろう仕事をこなして屋敷に戻ってくれば、大体あと数時間で明日になろうという時間になっていた。

そのまま眠ってしまってもよかったのだが、京一郎に急かされるようにして軽い夜食を摂り、やはり京一郎に世話をされて風呂を使う。居間に戻り、濡れた髪を乾かしてから供されたのは、千家が好む香りの良い紅茶だった。

そんな心安らぐ時間を過ごしていれば、あっという間に時間は過ぎる。夜が更けても今日は呪詛が千家を苛むことはなく、至って平穏に眠気が意識を侵食していった。

「伊織、寝るなら寝室で」
「……ここでいい」

京一郎の膝を枕に、長椅子に横たわったまま千家は目を閉じる。朝まで眠るつもりはなかった。今夜はまだ、京一郎の肌を堪能していない。
ただ、ほんの少しだけ、このまま微睡んでいたい。

「まったく、もう……」

呆れたような口ぶりではあっても、京一郎の声は優しい。
そのまま寝入ろうとする千家を咎めることなく、逆に寝かしつけるように頭を撫でてくる。それに逆らうことなく、千家は目を閉じた。
京一郎の温かさに包まれて、意識が微睡んでいく。

「……おめでとうございます、伊織」

眠りの波に、完全に呑まれる前に。
――愛おしそうに囁く声を、聞いたような気がした。



あどけない、と称しても差し支えない柔らかい表情で眠る千家の顔を、京一郎は見下ろしている。

「貴方にとって、今日という日がなんの意味も持たないことは知っています」

伸ばされた指が、千家の前髪を梳く。ひんやりとした手ざわりの癖のない髪は、京一郎のお気に入りだ。
――否、きっと、おそらくは。
千家の髪だからこそ、気に入ったのだろうけれど。

「たとえ貴方自身がこの世に生まれ出でたことを喜んでいなくても、他の誰が望んでいなかったとしても、私は貴方が生まれてきてくれたことに感謝したい」

それを、本人に告げるつもりはない。
告げなくても、きっと伝わっている。そう、京一郎は思っている。
京一郎と千家の間には、言葉に出来ない、しないものがたくさん積み上がっている。これも、そのひとつだ。

――それでも。
もう、あと数分で終わってしまうこの記念すべき日に、たとえ伝わらなくても京一郎は言葉にしておきたかった。

もう、来年はこの日を迎えられないかもしれない。
そう、感じていたので。

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